生活保護の家賃・暖房費など支給基準を見直しへ 厚労省


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この記事を読んで私達は政府が詐欺師であることを見破らなくてはいけない

低所得者世帯の家賃よりも高いとして引き下げを求めている。

低所得者を作っているのは政府自身であり、低所得者(一般労働者)が生活に困窮するほどに貧しくなったら生活保護受給者もそれに合わせなければいけない、というのはおかしな話しである

生活保護受給者が低所得者よりも収入があることが問題なのではなく、低所得者(労働者)が生活保護受給者より収入がない社会が問題なのだ この事実だけでも政治家がクズであることを証明している

最低限の生活を営む権利が国民にはあり、それを保証するのが国の役割である

最低限の生活を営むのに必要なお金(生活保護)を低所得者世帯の家賃よりも高いと言う理由で削るのはおかしいのである

そして詐欺のトリックは、生活費と言わずに「家賃」と言っているところである

家賃は相場に対して簡単に変動するものでないし、交渉するにも知識が必要である

つまり、家賃=生活費であり 都内の家賃が他の地域での家賃との差額から高いと言っても、家賃は値段ではなく住処として「あるか、ないか」それが重要なのだ

そしてどのような計算方法で「低所得者世帯の家賃よりも高い」としたのか? 都内が高いのは当たり前であり それは計算方法に加味する事項である

北海道などの寒冷地地域では低所得者世帯の冬の光熱費と比較し、冬季加算の方が2万円ほど高いとして減額を求める

これも全く同じである 低所得者が貧窮化すれば、生活保護受給者が人間として最低限の収入や生活が送れなくて当たり前だ、といっているのである

つまり政府は、低所得者が凍死したら、生活保護受給者も凍死するのが当たり前だと言っているのである

政治家は、国民が人間として最低限の生活を担保する義務があるのに、それらを担保する気がさらさらない

職務怠慢であり、即刻クビであるはずである

住宅扶助の支給基準が減額された場合、生活保護受給者の暮らしに支障が生じかねないとして減額幅に上限を設けることや一定期間は適用を猶予するなど激変緩和措置

そして見直し反対者を納得させるために、減額幅に上限、一定期間は適用を猶予

さすが詐欺師である

減額幅に上限を作っても、減額回数に制限をつけなければ、上限がないのと同じことだし

猶予期間があったところで、景気が回復、雇用改善する見通しは一切ないのだから全く意味がない

 

これが国である、国や政治家に期待や不満をぶつけるのではなく

自分自身がなにを行動しようか?という思考を持っていただきたい

あなたが動けば変わるし、あなたが動かなければ変わらない

動いてくれる人や政治家を探している時点で、あなたは一生奴隷だ

動くのも変えるのも、あなた以外にいないのだ

生活保護の家賃・暖房費など支給基準を見直しへ 厚労省

 

産経新聞 12月27日(土)7時55分配信

厚生労働省は26日、生活保護費のうち家賃に充てる「住宅扶助」と暖房費などの「冬季加算」の支給基準見直しに関する報告書案を社会保障審議会生活保護基準部会に示した。同省は来年1月に報告書をまとめる。平成27年度から新しい支給基準を適用する方針だが、具体的な引き下げ幅は財務省と今後詰める。

 住宅扶助は地域や世帯ごとに基準額が決まっている。東京都や横浜市などは基準額が最も高く、単身世帯は月5万3700円。財務省は低所得者世帯の家賃よりも高いとして引き下げを求めている。

 冬季加算は地域や世帯人数で異なる。北海道などの寒冷地地域では低所得者世帯の冬の光熱費と比較し、冬季加算の方が2万円ほど高いとして減額を求める声がある。

 報告書案では、受給者への配慮についても「留意事項」として列挙。住宅扶助の支給基準が減額された場合、生活保護受給者の暮らしに支障が生じかねないとして減額幅に上限を設けることや一定期間は適用を猶予するなど激変緩和措置も明記。

 冬季加算の引き下げについても、けがや障害を持つ受給者については在宅生活で暖房費がかさむとして配慮を求めた。

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生活保護の家賃・暖房費など支給基準を見直しへ 厚労省」への3件のフィードバック

  1. バード

    政府は詐欺師です。
    それもこれも不正選挙に始まります。
    https://www.youtube.com/watch?v=e6ma1gEKC3I&feature=youtu.be
    この動画には、似た筆跡がたくさんありますが、もっと重要と感じられることがありますね。
    見たところ、折り目のない票ばっかりです。
    日本人は、見られないように、そしてマナーとして、習慣として、縦長に二つに折って投票しますよね。
    ところが折り目のない票ばっかり。
    ということは、ここに見られる票は偽造された偽票ばっかりということですね。
    これは、不正(インチキ)選挙の動かざる証拠のひとつですね。
    つまり、2014衆院選で国民が安倍政権を信任したというのは、事実無根、完全なインチキ(詐欺)ですね。
    よって今の安倍政権は、正当性がありません。
    実は、2013参院選でも折り目のない票が大量に撮影されています。
    https://www.youtube.com/watch?v=VoBgBx9IfLE
    この動画の37:20辺りからです。これも不正(インチキ)でした。
    2012衆院選でも、不正選挙が疑われました。
    投票所が混雑したのに、戦後最低の投票率になりました。これは不正(インチキ)でした。
    このように安倍政権は、不正選挙によって成立しました。
    よって、今の安倍政権は第1次から正当性がなかったのです。
    我々は虚偽の世界に住んでいるのですね。

  2. tokumei

    周囲の人が日本の危機に対して無関心な一方で、ネット上では行動する人を見かける…そんな様子を見て「私の周りだけなのか?」と危惧する人が少なからずいますね。小さいことでも行動を起こす人がなんで少ないのか、またなんで多くの人はなかなか関心をもってくれないのか、私も時々考えることがあります。こんなことを書いても発展性はないのですが、多くの勇士がこの問題に遭遇しているかもしれないので、そのことについて私が思ったことを書きます。なお私は地方に住んでいますので、年齢問わず保守的な反応を示す人が多いです。都会には当てはまらない例もあるかもしれませんが、その点はご了承下さい。

    まず「日本人は普段はおとなしいけど、爆発したらすごい」と期待しないほうがいいかもしれません。
    「事実さえ知ったらみんな立ち上がってくれるはずだ」と期待していたら、そうならなかった時にめいってしまいます。
    私はほとんどの日本人は真実を知っても爆発(何かしら行動にでる)しないのではないかなと思っています。爆発にいたらないと考える大きな理由は2つあります。

    ●おとなしすぎて爆発しない。日本人がおとなしいのはここ最近のことで、戦後、戦前、それ以前の日本人は今のようにおとなしくも上品でもなかったのです。つまり昔の一揆は、最初からおとなしくない人達が爆発したにすぎません。おとなしい人達が暴動を起こしたのではないと思います。昔の人が一揆を起こしたから、同じ日本人なんだからできるだろうと思ってしまいますが、そもそも昔の日本人と現代の日本人は気質が明らかに違います。

    ●とにかく権威に弱い。例をあげると、真実を拡散するときによく遭遇するのですが、何か相手に情報を伝えた場合、多くの人はその説を「誰(どんなすごい人)が言っているのか」と「それをどれくらいの人数が信じているのか」に注目します。辻褄が合うとか、情報の中身はどちらかというと二の次です。有名じゃない人の説だとわかった時点で話を聞くのをやめることすらあります。同じ人に「権威のある人が言っていること」や、「今みんながしていて流行っていること」を教えるとどんなしょうもないことでも聞こうとします。

    最初の理由、日本人の気質について詳しく説明します。昔の日本人は現代人より大人で、品があって…とかなり美化されているので、ついつい過去をみてない私達は昔の日本人もおとなしい民族だったと勘違いしています。実は昔の日本は子供は自由奔放に育てるのが伝統でしたので、親も子供を躾けようという発想がなかったそうです。子供は我慢するということを知らないので、ちょっとしたことですぐカッとなりやすい性格でした。それが大人になるんですから、どうなるかは想像がつくと思います。躾というのは後から日本に入ってきた習慣で、歴史的に見ても浅いのです。周りに合わせる右倣えの部分は今も昔も同じような気がしますが、昔の人は今のようにおとなしくなかったのです。爆発して一揆になったのにはそれなりに理由があるのです。今の日本人は異常なまでにおとなしい、昔とは違うということを忘れてはいけません。この部分を無視して、おとなしい日本人でも一揆がおこせると思うのはちょっと無理がある気がします。特に私の周りは「怒ってもしょうがないじゃない、世の中がそうなんだから」というタイプばかりです。「怒らなければ丸く収まる、つらいのはみんな一緒だから」とわけのわからないこと言われた事もありました。その平穏な姿と比較するので、時々私一人でカッとなっていることがバカみたいな錯角におちいります。導火線に火がついたことを確認したら、爆発しないように自ら消す…それがおとなしい現代人の傾向です。

    参考本 /「昔はよかった」と言うけれど: 戦前のマナー・モラルから考える」、「戦前の少年犯罪」
    参考動画 https://www.youtube.com/watch?v=97PLRqklBLM

    そしてもう1つの理由を説明します。過去に抗がん剤は悪いものだと知識を持っていたのに、癌になったら何故か抗がん剤治療をはじめた人がいました。また薬は悪いってわかっていても、医者にちゃんと飲むように言われると(権威)それに逆らうことができないで飲み続け余計に具合が悪くなった人もいました。傍から見てもあきらかに副作用が原因だとおもわれる症状だったので、たくさんの薬を飲むのを止めるように言ったのですが「でも先生が言われるから…」と言って飲み続けるのです。本人自身も「この薬を飲むと悪くなる」と言って自覚しているのに、それでも先生に逆らおうとはしません。この人達は知識がないんじゃなく、知識があっても権威に逆らう事ができないのです。現代医学や先生というものに従ったら体がおかしくなるとわかっているのに、それでも権威に従う道を選びます。テーマは違えどパターンが同じなんです。医者だろうが世の中のシステムだろうがとにかく権威には逆らいません。今世の中で不正選挙が行われているのはわかっているけど、このままいったらヤバイけれども、表面上はそれで成り立っているのだから一応受け入れる。例え自分の命が危険にさらされても、国家が危機にさらされても、権威に異を唱える理由にはならないのです。その権威が間違っているか間違っていないかはあまり問題ではないのです。そして裏社会のやることを阻止するということは、どういう形であれ権威に立て付くことになります。権威に弱い人にとって、権威に立て付くなんてやりたくないのです。残念ながら。権威に弱いから、その前では条件反射的に屈してしまうのです。

    「どうして多くの人が日本の事を本気になって考えてくれないんだろう?一揆はいつく来るんだろう?」と理由がわからずに悩んでいる人の為に、私なりに考えてみました。他にも理由はあるかもしれませんが、この2つは大きいと思っています。

    そして私の周りの人達は「日本が奴隷化されている」とは思っていません。景気が悪いとか、低所得者だという認識はあるみたいですが。この日本がいかにひどい状況であるか説明しても、「まだ今の日本はマシだ。(必ず発展途上国などを引き合いにだして)それにもし本当に日本がどん底になったら、暴動になるから大丈夫だ」という始末です。
    この言葉を私は嫌というほど聞きました。「国がいい加減なことをしたら暴動になる」って。起きてないじゃん、とつっこみたくなるんですが。これが外国ならとっくの昔に暴動が起きているような気がするのは私だけでしょうか?外国のような暴動がいいと言っているのではありません、デモが危険なこともこちらで学びました。でも形はどうであれ悪いことに立ち向かう人が大多数を占める国を見ると正直羨ましく思います。またテレビで外国の暴動のニュースを見て「外国人はすぐ暴動を起こす、日本人は冷静でいいね」と小バカにしたような言葉をこれまた何度も聞いてきました。おとなしくて冷静であることを誇りに思っているようですが、何も行動が起こせないことをさも高尚であるかのように表現するのを見て情けなくなります。暴力に訴えるのはレベルが低い、でも日本人のように上品で気取ったフリをして問題から逃げるのもやっぱりレベルが低いと言わざるをえない。

    私が真実を拡散しようとすると、真実を理解した人でさえ止めようとします。「今日本がどれだけヤバイことになっているかわかるでしょ?何もしなかったらもっと悪くなるでしょ」というと「そうかもしれないけど、でもあなたがする必要はない」といいます。こういう人達にとって真実を理解することと、それから行動することは全く別の話なんです。地域性なのかはわかりませんが、周囲がみんなこういう発想なんです。

    「世の中の構造はわかった、裏社会が悪いのもわかった、でもだからといってそんなことまでする必要はない。もしかしたら暴動が起きるかもしれないが、みんなと違う事をしたくないので、自分の周りが行動しない場合は自分も行動しない。でも周りのみんながやるんだったら便乗してノリでやってもいいかな」これが私が見た多くの人の本音です。多数の人がやってないことはやらない、無難が一番…もしみんなが同じように考えていたら本当に何も起きない。そう思うと恐ろしいです。自分は行動しないのに「時がくれば暴動は自然に起こるだろう」と思っているあたりがすごい。

    他力本願もあるでしょうし、なによりこの国では「本物の悪人」ではなく「波風をたてる人間」が悪者になります。どんな理由であろうと波風を立てる人間がいじめられます。この世の闇を暴いて革命を起こすという行為は、それが改善であっても今までの常識を壊すことに変わりありません。現代日本人の好む「穏やか」ではありません。したがって多くの日本人にとってこの行為は「波風を立てること」に該当します。「人に迷惑をかけてはいけない」という考えが行くところまで行ってしまい、多くの人は問題を突き詰めて騒ぐようなことを避けようとします。人を騒がせること自体がこの国では「迷惑」になるのです。「お騒がせしてすみません」という誤り方がそれをよく表しています。悪いことをしていないのなら誤る必要ないと思うのですが。それに騒いではいけないとか言っていたら何もできません。私はこの日本を「迷惑をかけてはいけない」という空気が充満して、気を使いまくりの息苦しい社会だと思っていました。確かに相手に負担をかけないように配慮するといういい面もありますが、それが過剰だと、怒っても怒りを行動で表せない、困っても助けを求められない、相手が聞いてくれた場合のみ表現するようになります。このように今は「迷惑をかけてはいけない」が裏目に出ているとしか思えません。「奴隷になるぞ、それでもいいのか?行動しろ」と言うのは、すでにやる気のある人や奴隷になることを嫌がっている人には効果があります。しかし事を荒立てるのを嫌う習性を持つ多くの日本人にはこの言葉だけでは届かない気がします。この人達にとっては国家や支配者に虐げられて奴隷になる事よりも、今異質な行動をとって所属するコミュニティから村八分にされる事のほうがはるかに恐いことなんです。

    ただ黙って耐えていれば、大魔神がやってきて状況を変えてくれると思っているのでしょう。迷惑さえかけずに生きていれば水戸黄門みたいな人が助けてくれるとも思っているのでしょう。だから自分は巨悪に立ち向かわず、民衆は民衆らしくひたすら日々の生活だけをがんばる。身分相応のことをする。仲間にもこれを強要する。なんとなくそういう雰囲気を感じてきました。せめて水戸黄門みたいに権力の前に「はは~」とひれ伏すような作品じゃなく、地位の低い民衆が権力に立ち向かうような作品を作ってくれればよかったのにと思います。そうすれば日本人の他力本願もここまで酷くはなかったかもしれません。権力の前にひれ伏すのを見て「あれが気持ちがいい」といっているようじゃダメなんです。いざ自分がひれ伏す側になったら、どんなに権力者の間違いに気がついてもそれに逆らうという発想が生まれてきませんから。ちなみに今私の住む地域では水戸黄門を夕方に再放送しています。何年もやっているから再放送なりに視聴率がいいんでしょう。そして私の周囲の年配者は時間があれば見ています。なぜか人気です。考えすぎかもしれませんが、権力にひざまずくことに抵抗がなくなるようにわざわざあんなシーンを作ったような気がしてなりません。
    例外はありますが、日本人は支配者にとっては非常に都合がよくて扱いやすい性質を持っています。これを「日本人は穏やかだからいいことだ」といい方にばかり捕らえる人が多いのですが、そうやって誤魔化しているからそのせいで生じる問題にも気づかなくなっています。紛争や暴動が起きにくいのは幸いですが、危機に対して無関心なのは生存を脅かすことに繋がります。平和ボケという言葉で片付けられない問題です。不正選挙が3回も行われてあれほど証拠があがっているのに、外は何事もなかったかのように穏やかです。痛覚がない人が傷ついてもまったく反応を示さないように。それがすごく異様で、まるで何かのイリュージョンでも見ているような錯覚におちいります。
    多くの勇士がこれまで努力で理解者、協力者を増やす事に成功してきたと思います。しかしその一方でその何倍も無関心の人と遭遇していることと思います。そしてそれはこれからも何度も経験することになると思います。その時の対応の為に何かヒントになればと思い、愚痴のようになりましたが今思っていることを書かせてもらいました。

  3. バード

    >私はほとんどの日本人は真実を知っても爆発(何かしら行動にでる)しないのではないかなと思っています。

    そうですかな。

    日本人は生半可にしか真実を知っていません。
    さゆ(正幸)さんのように鮮明に真実を知れば立ち上がります。

    日本には、スパイ網が張り巡らされていて、自公以外を支持する者は、独立自営業者ならば、あらぬ噂を立てられたり、脱税容疑をかけられたり、また種々の営業妨害をされて、家業を潰されます。
    サラリーマンならば、昇進から外され、職場に居られないように執拗にいじめを受けます。
    だから政治に関心がないように振舞います。
    その脅威によって日常生活が不自由になり、、真実を鮮明に知ることができなくなっています。
    金融悪魔の思う壺です。

    それだけなのです。
    日本人も、目の前や国内のどこか、国外のどこかで起きた事実を鮮明に理解すれば、立ち上がります。
    日本人は真実を中途半端にしか知っていないから行動できないのです。
    生半可であいまいな知識しか持たない人間が家族のため、国全体のための行動を起こせないのは自然の理です。

    国民の多くは、常にスパイ網の恐怖にさらされ、自由な行動ができず、真実を知る機会を奪われています。
    スパイ(工作員、忍者、隠密、公安)はさも味方のように装って、すっと近づいてきます。
    そして状況を探り、余計なつまらないことを言って、撹乱しようとします。
    日本にもそういうスパイがいっぱいいるから警戒が必要ですが、そういう警戒心がない人は、ころっと頭の中がやられ誘導されておかしくなっていきます。

    日本人の当面の課題は、生半可ではいけない、鮮明に理解できるよう努力しなければ子供や孫や家族も守れないという思想を持つことができるか、それに気付くかにあります。

    十分に調べた鮮明な知識を持つこと、これが決定的に重要です。
    マスコミが流す中途半端な曖昧な情報ではなく、鮮明で正しい情報、これが日本国民に必要です。
    これが日本国民に届けば、日本人は真実の重要性に気づくようになります。

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