おっぱいは誰のものでしょうか?~ユーチューバー仲間3人、渋谷でひわい行為の疑い


ユーチューバー仲間3人、渋谷でひわい行為の疑い

3/12(月) 13:26配信

朝日新聞デジタル

 東京・渋谷駅のハチ公前広場で「フリーおっぱい」などと書いた紙を掲げて通行人に胸を触らせるなどしたとして、警視庁は12日、千葉県船橋市の高校1年の少女(16)と相模原市の高校3年の少年(18)、東京都三鷹市の会社員の男(23)を都迷惑防止条例違反(ひわいな言動)の疑いで書類送検し、発表した。

【写真】少女が「フリーおっぱい」などと書かれたスケッチブックを掲げて通行人らに自らの胸を触らせ、男らが動画を撮影していたという=警視庁提供

生活安全特別捜査隊によると、3人はネット上の動画投稿が趣味の「ユーチューバー」仲間。「同様の動画が炎上した記憶があり、注目を浴びられると思った。投稿して広告収入を得ようと思った」などと述べているという。

少女は1月28日午後6時半ごろ、渋谷区道玄坂2丁目のハチ公前広場で、通行人の男女約20人に自らの胸を触らせ、これらの様子を少年は一眼レフカメラで、男はスマートフォンで動画撮影した疑いがある。少女は「フリーおっぱい」などと書いたスケッチブックを掲げながら「おっぱい触り放題」などと呼びかけていたという。動画は投稿されなかった。

渋谷署員が防犯カメラのモニターで人だかりができていることに気づき、事情を聴いていた。

朝日新聞社


<筆者・さゆ>

おっぱいは誰のものでしょうか?

それは自分自身のものであるはずです。

体は、自分自身だけのものです。

その体をどう使うのかは各自の意思に任せるべきで、本人の自由です。

しかし今回それが「都迷惑防止条例違反(ひわいな言動)の疑い」で書類送検されました。

犯罪とされました。

つまり、我々は「自分の体を自分の意志で自由に使うことを行政に禁止されている。」ということです。

それは、「我々の体は、我々のものではなく、行政を牛耳る、権力者のものである」ということになります。

我々は、彼らに自由に立法されることで、自分自身の体の使い方にすら、公に制限をかけられた社会に生きているということです。

つまり、我々は自分の体の所有権を100%自分自身が持っていないということになります。

この権力の乱用に我々大衆は、反対の声を上げていかなければいけません。

その制限の内容が「大衆生活に軋轢を生まない為の規範の枠を超えて、支配設計の観点で制限が設けられている」ということが、問題なのです。

以前、取り扱った交友関係を分断する「仲間を誘拐とした事件」と同じように、今回も「被害者は、誰もいない」のです。

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関係者全員の利害関係は一致しているのです。

誰も迷惑していないのです。

この書類送検も支配設計の都合で行われていることで、大衆の為の権力の行使ではないことが証明されるのです。

つまり、「大衆支配の設計に対しての迷惑行為である」ということに他ならないのです。

大衆は何ら迷惑していないわけですから、「大衆生活に軋轢を生まない為の規範の枠を超えて、支配設計の観点で制限が設けられている」と言った所以はそこになります。

迷惑防止条例もまた、支配設計に機能した、大衆支配システムです。

今回の書類送検の必要性は以下です。

1・わいせつの概念を広げたい社会と逆行した行為であること。
2・若年(18歳以下)であることを犯罪性の根拠としたい社会設計へ逆行した行為であること。
3・個人の影響力と価値を引き下げる社会設計へ逆行した行為であること。

これらの支配設計に逆行した行為であるから、犯罪とする必要が支配者層側にあるのです。

それぞれ解説します。

ーーー

・1です。

今社会は、性行為自体を犯罪とする社会設計へと進んでいます。

その為に、わいせつの定義を広げる必要があるのです。

わいせつに当たる事柄をどんどん増やしたいというわけです。

「法廷の場で強制わいせつに性的意図を不要とされたこと」は正に、わいせつの定義を拡大しているのです。

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つまり、今回の「フリーおっぱい」も性的意図があるわけではないですから、強制わいせつを性的意図を不要としたい社会設計にも反していることになります。

支配設計を進める為に、あらゆる方法を使って他者の体に触れることを「わいせつ」としたいのです。

他者の体に触れること自体をわいせつとしたいわけです。

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つまり今回の、「他者に体を自由に触らせる」ということは、人との触れ合いを犯罪としたい支配設計へ逆行した行為なのです。

そんな支配設計を進めている中で「自由に体を触っていいですよ。」という人が現れては困るのです。

・2です。

いま社会は18という年齢を根拠にして、大衆内の交流や性行為を「わいせつ、誘拐」などとして、一律に取り締まり出しています。

つまり、多様性ある人間に対して、たかだか数字(年齢)が犯罪性の根拠とされているのです。

そんな中、今回の16歳女性の「自分から体を自由に触らせることを許容する」という行動は、「若年を守れ!」というプロパガンダに対して、「若年のほうから守る必要なし」と、権力が強制する加護を放棄している格好になっています。

つまり、「保護も、擁護いらないよ」と、若年が大人に提示しているのです。

この16歳女性の行動は、正に「条例も法も、若年を守るためではなく、支配設計に機能していることを自ら暴露する格好」になっているのです。

これと同じことです。↓

自分の意思で他者に対いて、どうぞどうぞと、体を一時的にも預けることが、書類送検となる。正に、我々の体は我々の体ではなく、この法の外にいる者のものということになる。

そしてこの行為が、大衆分断のルール作りの為には邪魔なのです。

この行動の何が迷惑行為であるのか?

検察はこの書類送検に対して、大衆に説明責任を果たすべきです。

関係者の中に誰一人として被害者がいないのですから。

誰にとっての迷惑行為なのでしょうか?

誰が迷惑したのでしょうか?

それは、冒頭でも言ったように「大衆支配の設計に対しての迷惑行為である」ということに他ならないのです。

・3です。

人は、生まれた時から体という道具を持っています。

自分自身を形作る体は、その人の価値であり、生きていく上で必要なものです。

そして人が最初から持っている体は、他者に対する魅力になります。

それは人が皆持っている「影響力の武器」なのです。

その大衆が持つ影響力の武器を支配者層は、大衆が個人の価値を増させる為に利用することを禁止する為の支配ルールを社会の中に様々敷設したいのです。

そのわかりやすい例が、ルックスの規格です。

アイドルやアニメ、映画、ドラマなどを利用して、「こうゆう顔が良い顔。」と大衆に刷り込むことで、その規格から外れた大多数を排他することになる。影響力の武器を失わせることになるのです。

もちろん一方でそれは、規格にはまった容姿の人の価値を増すことにもなりますが、その規格は年齢も関係しますから、人生の中で一時的な影響力になり、排他を産むほうが分断できることになるのです。

そうすることで公平に持っていた人の魅力を分断することができるのです。

それが無かった時代には、交際、交流がルックスに左右されないわけですから、皆に性的機会と愛情が分配されたことでしょう。

その例として、 江戸時代初期の書井原西鶴の『好色一代男』では、主人公が一生のうちに交わった人数を『たはふれし女三千七百四十二人。小人(少年)のもてあそび七百二十五人』などと記されているわけですが、「ルックスの規格」が刷り込まれている現代人は、金と時間と出会いが与えられたとしても、選り好みする規格化の洗脳がされていますから、生涯4467人の人と関係を持つことは難しいでしょう。

そもそも、現代では、そのパートナー自体もその「ルックスの規格」の刷り込みと、「性行為を制限する通念」に洗脳されていますから、現代人はこれほど沢山の人と性行為をする機会は決して訪れないわけです。

これは同時に、カリスマ性がある人への権力の集中の排除、少子化、大衆の組織化の形成の排除などにもなります。

またこの「ルックスの規格」という個人の影響力の武器の無力化を発展させた支配設計の形が、バーチャルユーチューバーのムーブメント化に隠された理由であると動画で解説しました。(下に動画添付)

この「フリーおっぱい」のように、大衆分断に逆行する、金も権力も時代も関係ない、ネット空間を介さない、スキンシップを若年が公にする行為は、現代の分断された社会の中では大きな影響力を持ってしまいます。この行動は芸術家、思想家的行動であり、一昔前であればその資質を評されたことでしょう。

先ほどから行っているように、これは大衆内から予期せぬ人物が影響力を持ってしまうという点でも、支配設計に逆行したことなのです。それは都合が悪いのです。誰でもできる影響力の武器の利用ができてしまうからです。

シンギュラリティは、人とのコミュニケーションをネットの中だけにする社会設計であることが、その概念の一つですが、それを達成する為には、リアルな人とふれあいを排除する必要があります。

支配者層は自らが、大衆の中から支配設計に都合が良い者を選んで、インフルエンサー(影響力を持つ人)を生み出し、ネットを介して、大衆を誘導する社会設計をしたいのです。大衆が選んではいけないのです。

誰でも持つ個人の影響力の武器を使って、大衆が選んだ人物がインフルエンサーになることは支配設計に対して邪魔なのです。

だからリアル空間である路上での行いに対して、警察がきて、書類送検という結果になったのです。

また、シンギュラリティと、人とのリアルな触れ合いは、他者への影響力が格段に違います。

後者の情報量と質のほうが莫大に多いことから、他者に与える影響力が強いのです。

これらを排除しないと、シンギュラリティ(AIによる大衆統治)は実現しません。

現代社会の敷設したい社会常識に一切影響を受けずに行われた、この16歳女性の行動が普通の事になったり、ましてや、他者に伝染しては、支配設計上困るのです。

ですから、犯罪としなければいけないのです。

しかも今回の「フリーおっぱい」は去年同じことが起き、それを模した者を今回、書類送検したようです。つまり伝染しているのです。

これらがこの件を犯罪として、書類送検しなければいければいけなかった理由です。

この事件は、「性の喜びおじさんを殺す必要があったこと」ととても似ています。

両者とも性の解放を路上で訴えていたからです。

それが伝染することを支配者層は歯止めをかけたのです。

「フリーおっぱい」をやり続けて、有名人になるまで行っていたら、殺される可能性は格段に高まったでしょう。

支配設計に完全に邪魔だからです。

この女性は、突拍子もないことをした動画を公開することで、知名度を上げたかったという理由があったのかもしれません。

しかし、「若年守ろう!」というプロパガンダで、年齢だけを根拠に、連日逮捕、書類送検し、それを報道し、大衆に目せしめることで、大衆分断を推し進めている支配者層側からすると、若年が自ら他者とのスキンシップを計り、それを公開する。しかも、路上で。というその行為は、未来の支配設計に逆行する点が、同時に数多くある行動だから書類送検されたということなのです。

そして我々は、この行動で、書類送検されたという事実に対して、

我々の体を、我々がどう使おうが、自由である!

本人の意思だけが、本人の体の使い方を決める!

我々の体は我々のものである!

権力者のものではない!

権力は我々の体の使い方を制限するな!権力を行使するな!

と主張しなければいけません!

「我々の体は権力者のもの。」その現実が、この書類送検という事実で顕在化したのです。

又、我々は死ぬ自由すら奪われようとしているです。

これも、自分の体は自分のものではないという、今回の事と同じことでしょう。

正に生まれたら、何かしらのきっかけや、寿命で死ぬまで生き地獄を味わわなくてはいけない。

自殺の選択肢が我々にはないということになってしまう。

それは誰の為の、人生でしょうか? 我々でしょうか?

以下の動画は、去年フリーおっぱいを動画投稿して炎上したものらしいです。今回の書類送検された子は、別人でこれを真似したようです。

誰でもできる影響力の武器を使うことは現代の大衆支配システムが張り巡らされた社会では犯罪とされる奴隷社会なのです。

触った触ってないで、訴訟までもっていく者たちは、大衆分断という支配設計に機能することから、重宝がられ

人と交流が持てる体の使い方ができる人は、社会からはじく、という社会に我々は生きています。

↓ 実際には、前者ではなく、後者の心を持った子が人を繋げ、人を幸福にするのです。



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