平塚塾 入塾希望者へ 〜公益について


平塚塾<入塾希望者へ>

平塚塾から社会を、そして未来を形造ることができる人材が生まれるよう、精魂込めて塾生に向き合っていきたいと思っています。

「社会、未来を形造る」と、言葉にするのは簡単ですが、実際にそれを達成することは、容易ではありません。

なぜなら今、それらへの社会の動きは、「大衆統治システムを強固にする」という公益とは真逆の方向へと邁進しているからです。

社会、未来を形造るには、その流れを公益ある方向へと変えなければいけないのです。

その為には社会を形造る為の役割とされてる「為政者になる」などの既存の仕事を行うこととは全く違う行いをしなければいけません。

そしてどのような行動が公益を生み出すかという判断はとても難しいものになっています。

営利、非営利関係なく社会に設定されている「公益と思われている」既存の枠組みは、反戦・反原発運動、大規模デモなどに限らず、大衆が生業とする職種なども、その多くが社会設計の本質である、大衆統治システムを強化させる流れに組み込まれているからです。

既存にある社会貢献と呼ばれるものはなんら本質的な公益にはならず、自己満足や、目先の困っている人をその時だけ緩和させる程度の善意、社会貢献したい気持ちのガス抜きとして設定されています。

それらは権力者が作り出す社会設計に対しての悪影響を避けるように、彼らに設定されたものを消化しているだけに過ぎず、それらは社会全体への公益をもたらす行動には繋がりません。

つまり社会問題の根本原因を改善するものではない行動へと誘導する受け皿が社会設定されており、根本原因を解決するのなら、独自に新たな行動、運動を作り上げる必要があるのです。

ですから、その「なにをしたら全体に対しての公益になるか」という具体的行動は、社会に与えられたものをこなしていては絶対に成せないということです。

社会は支配者層に作られているわけですから、なにが社会全体への公益をもたらすような行動になるのかという行動を社会にあるものから選ぶという行為は、そもそも矛盾した話なのです。

しかも大衆統治システムを弱体化させたり、公益を生み出す為の新たな概念を構築または再構築する為の行動は、誰でも逮捕できる法整備によって、その公益は摘まれてしまう社会構築がされています。

つまり、公益になる行動が、反社会的行動と位置付けられ、公益を求めるのならば違法とならざるを得ない法の目が張り巡らされているのです。それが非親告罪という概念の主目的です。そしてまさにその権化の法律が、「共謀罪」でしょう。

そしてその社会活動や大衆行動を起こす動機になる情報すら隠蔽してしまうことを合法化したものが「個人情報保護」という概念を作り上げた目的であり、「特定秘密の保護に関する法律」の主目的でありです。

ちなみにそれら誰でも抵触する可能を秘めた法律を私は「逮捕できる法整備」と呼んでいます。その立法を為政者は乱発させているのです。


<その1~7>性犯罪の非親告罪化について。

法案とは段階があり、最終形態を見据え、最初は限定的だと謳って立法されます。~菅義偉官房長官「従来の共謀罪とは違う」テロ等準備罪の新設法案

大衆の交遊関係は、国に決められることになりました。~ストーカー規制法が非親告罪化。事前に警告を行わなくても「禁止命令」今国会成立


「社会は動き大衆統治システムを強固にする為にという骨子が常にあり、為政者はその為に動いている。」

という概念がなければ社会で起きていることの本当の意味は何も見えてこないのです。

これらのことから「なにをしたら全体に対しての公益になるか」という具体的行動は、現代社会の構造を知った上で、社会を見渡し、自分独自の判断と、独自の発想の中から社会で行われていないことをやっていかなければいけないのです。

ですから現代社会で公益になる行動を行うことは、とても高度な能力が必要なのです。

そして残念ながら、現代社会において「社会、未来を形造る」とは、新たに良いものを建設することと同時に、現代社会で行われている方向性に異を呈することから始めなければなりません。

新たに良いものを建設すれば良いのではなく、建設をやめさせ、そしてさらに、既に建設されたものを壊すところから始めなければいけないのです。

しかしながら未来に今よりも良い社会を残すのならば、これら山積みの問題を前に、そこから逃げるわけにはいきません。

我々は生きているのですから、前に向かって進む選択肢しかないのです。

ですからそれらを成し遂げる為の行動をとると同時に、やれることは全て行っていかなければいけないのです。

その一つが「平塚塾」であり、公益をもたらす事ができる人材を育てることです。

塾生は日々、個人の能力を最大限に挙げ、しかもその方向性は常に公益ある方へと向けられていなくてはいけません。

それがベースにありながら、同時にどんなに理不尽なことや攻撃を社会から受けても、生ある限り進み続ける精神力が必要です。

その為には絶対に自分に厳しくなくては成し得ません。

厳しさ無くしては大したことは成し遂げられないからです。

これらは一見、とても難しい事、辛い事をしなければいけないと提案しているように感じるかもしれませんが、習慣化してしまえばなんら難しいことでも、辛いことでもありません。自然のこととして生活に溶け込ませることができます。勇気がいるのは最初一歩だけです。

そして常に一番の強敵は自分自身なのです。

支配者層は自分に甘く、弱い人間を作り出す為の環境を作り、誘導しているに過ぎず、彼らに知的で自分に厳しい人間を誘導することはできません。

そして日々の鍛錬、切磋琢磨、葛藤に寄り添い、心の支えになる人が一人でもいればより遠くへと進めるでしょう。

その役割を私が担います。

社会毒を知り、排除したり、日々の生活の中に良い循環を生みだす、良い習慣や思い癖を取り入れることです。

例えばその社会毒のひとつとしてある「ストレス悪の社会風潮」は、弱い人間、未熟な人間を量産する目的で作られています。それが先程言った「支配者層が自分に甘く、弱い人間を作り出す為の環境を作り出している」ということのひとつです。

すぐに心が傷ついてしまい、立ち止まり、廃人化してしまう人間が多ければ、統治システムへの社会構築が容易だからです。

前に進み、努力し続けられる人、またはそれを目指し、尻を叩いてもらってでも日々向上していきたい人、そして何より権力者ではなく大衆に寄り添いたい人、それらがお金、地位、権力にも代えられない最優先事項である人は、社会、そして支配者層と戦える資質があります。

葛藤も怒りも、ストレスもない状態、仲良しこよしでは成長できません。

それらがなくても成長するかもしれませんが、具体的に言えば、それは老いから派生する程度の成長であり、しかも人は歳を重ねることで、精神性が劣化することもあります。

つまり人は常に成長を目指していないと劣化し、歳を重ねた程度の成長では成長のスピードが遅すぎるのです。

最大限のスピードで、最大限の成長を目指さなくてはいけません。

なぜなら人には漏れなく寿命があるからです。

そして、社会の流れはあなたの成長を待ってはくれないからです。

それらあなたの成長、そして行動を公益へ結びつける提案、発想、見守り、寄り添うなどの手助けを私ができたらと思っています。

あなたが社会全体に対して公益をもたらす為にはどのような行動ができるのかを共に考え、その為の能力を養う教育機関は恐らく日本で「平塚塾」だけでしょう。


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