いじめを生み出す教師が評価される教育現場へ ~いじめ定義明確へ認知件数が低い都道府県に文科省指導。


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具体例でいじめ定義の明確に 被害者への説明指針も 対策協議会が提言  (産経ニュース)

国のいじめ防止対策協議会は24日、いじめ防止対策推進法で定義されているいじめや、子供の心身に深刻な被害が出る「重大事態」について、具体例を示して解釈や範囲を明確化するよう文部科学省に求める提言を大筋まとめた。認識の違いを解消し、いじめ見逃しを防ぐのが狙い。

 推進法は、いじめを「一定の関係にある子供が行う心理的または物理的な影響を与える行為で、当該の子供が心身の苦痛を感じているもの」と定義している。

 協議会は定義の解釈が学校や教員で異なり、把握に差が出ていると指摘。本来なら該当するのに、いじめと扱われなかった事例や、重大事態かどうか判断が分かれた事例を複数示すよう求めた。重大事態を把握した場合、学校は事実関係を調査し、被害者らに情報提供することになっているが、被害者側の意向が反映されないことがあるとして、調査方法や結果説明の手続きを定めた指針を作成すべきだとした。


ws000305「いじめとは何か」定義明確化で“見逃さない”(2016/10/24 23:44)

 学校でのいじめ防止策を検討している文部科学省の有識者会議は、いじめの定義を明確化するよう求める提言をまとめました。

 2013年に施行されたいじめ防止対策法では、いじめの定義を「児童生徒が心身の苦痛を感じる行為」としています。しかし、有識者会議は学校や教師によって定義の解釈が異なり、いじめを見逃すケースがあると指摘し、具体的な例を示していじめの解釈や範囲を明確にするよう文科省に求めました。また、いじめの認知件数が多いことはマイナスではなく、プラスに評価されるようにして、いじめを見逃さないよう対応を徹底させる方針です。文科省は今回の提言を受けて、法律の一部改正の検討に入ります。


いじめ「重大事態」定義を明確に 文科省会議が素案

2016/10/12 13:17
 

 有識者による文部科学省の「いじめ防止対策協議会」が12日開かれ、いじめ防止対策推進法で定義する「重大事態」が明確でないとして、判断が分かれるような事例などを複数提示し、範囲を明確にすることを同省に求める素案を議論した。被害者や保護者の意向を反映せずに調査するケースもあり、調査の進め方に関する指針を作成する改善案も示した。

 同法は2011年10月に大津市の中2男子がいじめを苦に自殺したのをきっかけに超党派による議員立法で成立、13年9月に施行された。学校や教育委員会が調査する「重大事態」について(1)生命、心身や財産に深刻な被害が生じた疑いがある(2)相当期間欠席を余儀なくされている疑いがある――と定義した。

 ただ「定義が明確でない」という指摘もあり、調査対象となるような事案でも教員らが「該当しない」と判断する場合があるという。このため同協議会は判断が分かれるような事例などを複数示し、重大事態の範囲を明確にすることを同省に求めることを素案に盛り込んだ。

 また重大事態発生時に被害者や保護者の意向を反映して調査できるように、第三者による調査委員会の人選や被害者への説明、結果公表の方法などをまとめるべきだと指摘した。

 同法施行を受け、学校はいじめ防止に取り組む方針を定めているが、同協議会は「全教職員への周知が不十分で対応が徹底されていない」と指摘。いじめの認知件数が都道府県によって大きく異なる実態もあり、いじめの定義を改めて明確にし、認知件数が低い都道府県に同省が指導したりすることも求めることを検討している。

 このほか、重大な結果につながりかねなかった各地の事例を集めて共有する「ヒヤリ・ハットレポート」の導入も提案。大学の教員養成課程で全員が同法の内容を学ぶことも盛り込む方向。

 同協議会は月内にも議論をとりまとめる方針で、文科省は意見を踏まえて現場への対応を進める。同法は見直しのメドとされる施行3年を迎えており、議連の議論にも生かされる見通し。


<筆者>

今回文部科学省の有識者会議は、いじめの定義を明確化するよう求めたようです。

2013年に施行されたいじめ防止対策法では、いじめの定義を「児童生徒が心身の苦痛を感じる行為」としていて、すでにいじめの定義は個人の気持ちさじ加減であり、おかしなことになっているわけです。

現代社会で、いじめとは何かというと、「いじめられたと感じたらいじめ」なわけです。

つまり、成長に伴う苦痛を人のせいに、他者のせいにすることができる。しかもそれを公に認め、社会をあげた非難対象としているわけです。

心身の苦痛とは、ただ一方通行に悪いものとは言えません。例えつらくても反面、多くのことを気づかせてくれたり、成長へ導いてくれたりするのです。

人は楽しいこと、楽なことばかりに浸っていては、稚拙になるのです。

一生勉強とは、よく言われていることですが、適度なストレスを加えることは、人にとってとても重要なことなのです。

しかし、その必要なストレスを「いじめ」と位置づけて躍起なって探し、悪者にする「ストレス悪」の流れが、いじめ防止とやらの中に見て取れます。

つまり、いじめ防止とは、子供を救うように見せかけて、ストレスを徹底的に排除することで、子供を弱い人間にする教育改革に他なりません。

ストレスがない人生とは、ずっと立ち止まっている人生と同等です。

このように、いじめ防止対策法での、いじめの定義は「児童、生徒が心身の苦痛を感じる行為」と、超抽象的且つ、人の成長を阻害する内容になっています。

そのおかしな方向性を持ったニセ有識者会議は、いじめの定義をこのような抽象的なものではなくより具体的に設定し、いじめを見逃さないようにしたいと言い出しています。

いじめの認知件数が多いことはマイナスではなく、プラスに評価されるようにして、いじめを見逃さないよう対応を徹底させる方針

>いじめの定義を改めて明確にし、認知件数が低い都道府県に同省が指導したりすることも求める

これはとても危ないことです。

「いじめがない」ことが、学校側、教師側にとっての落第点とされてしまうわけですから、利害関係として、いじめがあることが、教師の高評価ということになってしまいます。

いじめを見つけられない教師は悪い教師。いじめを多く発見できる教師はいい教師。

つまり、いじめを作ることができる教師が、良い教師ということになります。

これは、ただの創造ではありません。

今回のニセ有識者会議の方針を見るならが、そのような事を実際に起こそうとしている事が見て取れるのです。

実際にこのようなおかしなことは、いじめ問題に限らず、社会にはびこっているのですから、教育現場にだけそのようなことが起きないと楽観視するのは現代社会の構造が何も見えていません。

病気を生み出すことで対価を得る、疾患利益で医療業界が成り立っているのがいい例でしょう。

>重大な結果につながりかねなかった各地の事例を集めて共有する「ヒヤリ・ハットレポート」の導入も提案。

「ヒヤリ・ハットレポート」というネーミングがなんとも稚拙ですが、ひやり、ハットをなくすためには、何もさせないのが一番です。

つまり、経験させない、学ばせない。これが義務教育という名の奴隷教育の主目的なのです。

現代教育は、「学ぶ」ということと著しく離れた、「なにもさせない」ということをさせられているのです。


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部活動自粛 2

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