部活動を委縮させるため、教員にとって部活をつらく、負担が重いものへと、意図的にされています。~「ブラック部活」がつらい…生徒より教員の負担重く


20151227-00052852-roupeiro-000-7-view「ブラック部活」がつらい…生徒より教員の負担重く 指導は仕事? それともボランティア?

産経新聞 10月1日(土)11時30分配信

 

 「部活がつらい」-。このセリフが生徒ではなく、教員側からも聞こえてくるようになった。過度な部活動指導に起因する教員の長時間労働が問題となり、「ブラック部活」という言葉も生まれている。一部の教員は顧問を引き受けるかどうかの選択権を求める署名活動を開始。文部科学省も負担軽減策を打ち出した。政府は「働き方改革」に取り組んでいるが、今まで見過ごされてきた教員と部活動のあり方も問われはじめている。(木下慧人)

 神奈川県内の20代の女性教諭は、外が薄暗い午前5時ごろに起床する。6時半には登校し、顧問を務める吹奏楽部の朝練に参加。授業後の放課後も吹奏楽部の指導に当たり、生徒が下校してから採点などの業務を行う。担任するクラスの生徒が休んだり問題を起こしたりすれば、家庭へ電話することも必要だ。帰宅が午後11時ごろになることも多い。

 休日にも練習や大会が入るため、1日も休めない月がある。練習を減らそうにも、休むと生徒の実力が落ちる上、保護者からクレームも寄せられる。「拘束時間が長く、本業の授業や学級運営まで手が回らない」と悲鳴を上げる。

 こうした現状に教員側も立ち上がった。昨年12月に教員6人が「部活問題対策プロジェクト」を設立。顧問を引き受けるかどうかの選択権などを求めてホームページで署名活動を開始した。反響は大きく、8月には2万8222件分の署名を集め、文科省に提出。現在も署名を集めている。

 そもそも日本の教員の労働時間は他国に比べて長い。平成25年の調査によると、1週間当たりの勤務時間は経済協力開発機構(OECD)の参加国の平均が38・3時間だったのに対し、日本は参加国中で最長の53・9時間だった。特に部活動など課外活動の指導は7・7時間で、参加国平均の2・1時間を大きく上回っているという。

 文科省の担当者も「部活動で土日が全てなくなるのは好ましいとはいえない」と話し、休養日を設定したり、休日の部活動指導に支給される手当てを増額したりするなどの負担軽減策を打ち出した。しかし、休養日の設定について、文科省は9年にも「中学校では週に2日以上、高校も週に1日以上」と指針を出しているが守られていないのが実情で、実効性には疑問の声も上がっている。また、手当ての増額も、根本的な解決にはつながらない。

 教育問題に詳しい名古屋大学大学院の内田良准教授は「教員の部活動指導は仕事なのかボランティアなのかを明確化するべきだ」と指摘する。現在の部活動の立ち位置はあいまいだ。文科省内に部活動を管轄する部署はない。部活動は学校がやるべき仕事の「校務分掌」の一つに位置づけられているものの、教育課程外の活動。教育実習で部活動の指導がないのは課程外のためという。また、顧問になることは義務ではない。「誰かがやらないといけないが、誰もやることが義務づけられていない仕事」(内田准教授)となっている。ただ、18年度の文科省教員勤務実態調査では、教諭の70・9%が運動部、21・5%が文化部の顧問で、大半の教員が顧問をしているのが実情となっている。

 内田准教授は「部活動は学校で教育以外の付加的な価値を与える日本特有の文化で大切なシステム」と評価する。一方で「本来自主性を重んじる部活動で平日も土日もつぶして活動するのはやり過ぎ。部活動を仕事としてやるなら賃金を出すべきだし、ボランティアなら相応の日数で活動すべきだ」と話している。

 


<筆者>

教員を意図的に多忙にすることで、部活動の顧問をできなくさせ、より生徒との絆が生まれる可能性をはく奪し、奴隷教育しか行えないような環境を強いている。

同時に、部活中の事故、事件などをマスコミが盛んに扱うことで、部活動の悪イメージを工作している。

そして今回の記事のように「ブラック部活」という言葉(変革へのプロパガンダ)を作り出して、その流れを強化しようとしているわけです。

これら、部活動を自粛させるための流れは奴隷教育を強化するためには、必要なのです。

学生生活の中で超短時間での成長経験は、「人は、短時間でどれほど化けることができるか」、「意識、生活習慣の健全化で、人は180度は変わることができる」という、人が秘める潜在能力を呼び覚ますきっかけになる。

そのようなことを排除することも要因の一つでしょう。

良質な教育、経験をさせず、個々人の力は弱小であると偽ることは、大衆統治を円滑に進める為の支配者層の愚民化戦略なのです。

>「教員の部活動指導は仕事なのかボランティアなのかを明確化するべきだ」

部活動の顧問をしてもリスクしかない教育現場にするために、ちょっとしたことで厳しい責任追及をしているわけですが、教員にとって部活は「ボランティア」と明確化することで、より部活動が自然淘汰する流れへと誘導したいわけです。

最後にこの「部活自粛の流れ」の私の記事や動画関して、部活動の問題点を並び立て、「それでいいと思っているのか?」と言ってくるメールが多数来ました。

それらの人達に言いたいのは、

・なぜ部活動の質を向上させ、よい教育環境を作るという方向性で社会は一切動かないのか?

・なぜ部活動をさせない方向で、教員の環境つくり、部活悪イメージ工作をマスコミが行っているのか?

つまり、部活動は危険であるかのような報道をし、部活動を自粛させたいかのように行政は動いているが、なぜ部活動の質を向上させ、よい教育環境を作るという方向性では一切ないのか?

「部活動を自粛させる方向性のみの動きであるのか?」ということです。

教員業務自体を多忙なものへと強いていることで、部活動顧問との兼任を困難なものへとされています。

つまり文科省は意図的に、部活動を自粛させる方向で動いているというわけです。マスコミもその「教員業務自体を多忙なものへと強いていること」には一切触れません。

部活動顧問になると、オーバーワークになるように意図的に教員業務自体を多忙なものへと教育現場が作られている、という問題点は触れずに、「部活動顧問をしなければいい、義務ではない」という風潮を作り、誰も顧問をやる人がいない環境にされているわけです。

そして同時に、部活動自体が危険であるかのようなイメージ工作をマスコミがして、生徒、そして親に対しても部活しないほうが安全という情報誘導をしているわけです。

つまり、「教師に部活顧問にさないように行政は動き、生徒、親に対しても部活は危険だとマスコミが煽る」というマスコミ、行政が一体となった合わせ技で、部活動を委縮させるべく動いているのです。

がしかし、部活動に何か問題があるのなら、その問題はその問題としての対処を取るべく、子を思う者同士で話合い、部活動の指導の質を向上させ、よい教育環境を作るという方向性で動けばいいのです。

それをなぜ、部活動の顧問は、「義務かボランティアか」と偽有識者が指摘し、、同時に「部活動中の事故」を盛んに扱うのでしょうか?

これらの動きを見れば、「部活動でかわいそうな思いをしている子を救う」などという、こととは一切関係のない目的をもって変革がなされようとしていることは明白でしょう。

その本当の目的を私は見ているのです。

下の動画をご覧ください。


<以下関連記事>

【奴隷教育】処分覚悟で運転ボランティア 部活指導悩む先生 ~教師に過度な責任を負わせる風潮は、教師と生徒の距離を離すため。部活動の委縮が支配者層方針。

今後、部活動で起こったネガティブな話題が盛んに報道されます。 ~支配者層はより高度な奴隷教育へ部活動自粛の流れを画策している


⬇️ 画像をクリックで動画へ ⬇️部活動自粛 2

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