2016年8月 ご支援ありがとうございました。


8支援 (1)

2016年8月ご支援いただいた方。

8月1日 S.S 様
8月1日 H.N 様
8月1日 M.H 様
8月1日 K.Y 様
8月1日 I.Y 様

8月2日 O.T 様
8月2日 H.Y 様
8月2日 O.N 様

8月3日 T.M 様
8月3日 K.K 様
8月3日 S.T 様
8月3日 K.K 様
8月3日 N.M 様

8月4日 S.S 様
8月4日 N.S 様
8月4日 O.S 様

8月5日 H.T 様
8月5日 Y.K 様
8月5日 S.T 様
8月5日 S.H 様
8月5日 Y.S 様

8月7日 T.Y 様

8月8日 S.Y 様
8月8日 T.S 様

8月10日 S.K 様
8月10日 M.M 様

8月12日 N.A 様
8月12日 O.M 様

8月13日 O.H 様

8月15日 D.E 様

8月16日 N.J 様
8月16日 M.T 様

8月18日 K.M 様
8月18日 H.Y 様
8月18日 U.H 様
8月18日 T.M 様
8月18日 K.T 様

8月19日 N.A 様
8月19日 U.D 様
8月19日 A.Y 様

8月20日 Y.A 様

8月21日 S.S 様
8月21日 Y.N 様

8月23日 T.T 様

8月24日 M.Y 様
8月24日 N.Y 様

8月25日 L.M 様
8月25日 Y.C 様
8月25日 M.S 様
8月25日 T.T 様

8月26日 S.Y 様
8月26日 S.S 様
8月26日 M.T 様

8月27日 N.Y 様

8月28日 O.K 様
8月28日 T.N 様
8月28日 N.T 様
8月28日 K.K 様
8月28日 K.M 様

8月29日 S.T 様
8月29日 Y.S 様
8月29日 K.Y 様

8月31日 T.T 様
8月31日 I.M 様
8月31日 K.M 様
8月31日 O.N 様

 

以上、66名様、ご支援ありがとうございました。


(漢字表示されていた方、読みが間違えていた表記されていた場合、振込金額・日時等のメールをいただければ訂正いたします。)

(ひと月に複数回に分けてご支援いただいた方は、最初の一回のみ記載いたします。月末締めです。)

(ちゃんと振り込まれていたか確認したい方は「日付、振り込み名義、金額」を添えてメールでご連絡ください。)

(他銀行からのお振込みの場合、土日を挟んだり、営業時間15時以降に振り込みますと、次の日や週明け付けでのお振込みになる場合があります 明細票にお取り扱い日をご確認ください)


当ブログ・動画を購読、ご視聴いただいている皆様へ

私「さゆふらっとまうんど」は、皆さんのご支援金のみで活動をしています。

後ろ盾は一切なく、公益のみを追求し、一人で活動している個人活動家です。

私の活動に価値を感じていただけましたら、活動を継続、加速させる為にもご支援ください。

私「さゆふらっとまうんど」は、「大衆の幸福への貢献」、「社会の幸福への貢献」、「未来の地球の幸福への貢献」を活動の目的としています。

具体的にはさゆふらっとまうんどの理念


私は有料ブログ・有料動画など、有料媒体での情報提供はしておりません。

富の大小や、学生などのお若い方へ目に触れる情報発信を途絶えさせたくないからです。

そのような方達が活動を始めたり、将来社会に出て、又は国政に出るにあたって私の言論や生き方が下地になったらと、責任を感じながらも、期待しています。

よって、ご支援いただける方はそれらの方達への支援にもなっていることをご考慮いただけたら幸いです。


なお、私の記事・動画・画像(顔写真)などすべて、リンクフリー、複製自由です。CD・DVD・印刷してご自由にお配りいただいて構いません。

耳の聞こえない方、目の見えない方へ、PCに詳しくない方、知り合いに複製したCD・DVD・コピーをあげてもよいか?等のご連絡をいただいておりますが、ご自由に「さゆふらっとまうんど」をご利用ください

(注意・ただ営利目的、中傷、名誉を貶める目的での使用はご遠慮ください。)


支援者が居てくれる限り、私は誰の買収を受ける必要がありますでしょうか?

私は皆様大衆の方を向き、公益の為に生きていきます。

私「さゆふらっとまうんど」は、99%の大衆の「傀儡」「工作員」で居続けます。

私の活動に価値を感じていただけましたら、活動の継続、加速させる為にもご支援ください。

今後とも「さゆふらっとまうんど」をよろしくお願いいたします。


ご支援頂いた皆様

ご支援のご検討いただいている皆様へ

尚、ご支援くださった方には、本記事のように月に一回、月初めに支援者様からのご支援を確認した旨をイニシャルでお伝えし、お礼を言っています。

もし、「掲載しないでくれ」と言うご支援者様がいらっしゃいましたら、その旨お伝えください

sayuflatmound@gmail.com


【銀行振込み】

ゆうちょ銀行
ゆうちょう銀行からの振込み
記号番号
10540-91284761
さゆふらっとまうんど

他銀行からのゆうちょ銀行への振込み
〇五八店 9128476
さゆふらっとまうんど


【クレジットカードからご支援】

支援金額を選び、「今すぐ購入」をクリック、個数を選び、クレジットカード情報のお手続きへお進みください「今すぐ購入」をクリック後に個数を選ぶことができます

【例: 3000円の支援】
1 下記、支援金¥1000を選び「今すぐ購入」をクリック

2 「お客様の注文の明細」欄の下にある「個数」を「3」にして更新ボタンを押します

3 同画面の右側の「クレジットカードで支払う」をご記入し、一番下の「支払い」ボタンをしてください


支援する To Sayu Flatmound




定期的に支援する To Sayu Flatmound



<お願い>
クレジットカート払いですと、ご支援金を受け取る際に手数料が引かれてしまいますので、お手数でなければ銀行へのお振込みをお願いいたします。具体例:1000円のご支援で、私が受け取れるのは924円。10000円のご支援で、私が受け取れるのは9600円です。

「さゆふらっとまうんどのHP ブログ」はamazon.co.jpを宣伝しリンクすることによって、サイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

⬇️ 画像をクリックで動画へ ⬇️

社会活動家として考えること1〜4

以下、先月2016年7月のご支援者様へのメッセージを添付いたします。ご一読いただけたらと思います。

2016年7月 ご支援ありがとうございました。

今回いつもよりたくさんの方にご支援いただきました。
ありがとうございます。

おそらく下に添付した「社会活動家として考えること」という動画を見ていただいてのことだと思います。

生放送が終わった後や、この生放送の動画を上げた後、「支援金で生計を立てて活動していることを知らなかった」、「そもそも支援金を募っている事すら知らなかった。どこにそのページがあるの?」、「何か他の事で生計を立てているのかと思った。」、「そんな状況だったとは・・・」等の、ご連絡を沢山いただきました。

私としては、「支援のお願い」をどれほど皆さんの目に触れさせれば、押しつけがましくなく、「皆さんの支援金で私の活動が支えられているのか知っていただけるのか」を考えて、HPの横に掲載しているだけでしたが、「それだけではわからないよ。」という意見が多いことを今回初めて知りました。

ですので、今回の皆さんの声を受けて、記事の最後に支援願いのリンクを添付するようにいたしました。

私の活動に対して直接アプローチをとってくる人たちの中で妨害が8割ですので、それら以外のまともな皆さんがどのように私の活動を見ているのか支援者の数という点でしか私からは見えないのが現状です。

HPのアクセス数など改ざんされている可能性があり、その数字はあまりあてにできないということは過去にも述べてきました。

ですからなおさら「支援者がいてくれる。」、「応援してくれる人がいる。」という安心感は、活動をしていく上で計り知れません。

陰謀論者のように大きな後ろ盾があり金銭面での安定は取れ、あとは情報発信にすべての労力を注げるという人と、私は違うのです。

私の活動には盤石なものなどなに一つない中で、ただ自分だけを信じて活動しています。

「ほんとすごいよ!今回もとてもいいものを作ったよ!」と心からほめてくれるのは自分だけしかいません。

8割はそれを挫く妨害コメントか、疑心暗鬼な感情で私に接してきたり、稚拙でどうでもいい浅い分析を私にぶつけてきたりするのが現状で、その向こうにいる皆さんのことはアクセス数という「曖昧で信ぴょう性が不明な数字」でしか見えません。

私のことを心の中で応援していても、それは私のことを知らない人と何が違うのでしょうか?

私は「願う」という言葉が嫌いです。
「祈れば神が解決する」、という誤誘導と同じ思考だからです。

「願う人・祈る人」と「何もしない人」は漏れなくイコールです。

「誰かが何とかしてくれる。」その他力本願が「願う」、「祈る」の根底にある本心だからです。

「現状を変えるには自分自身が今この瞬間に、現状を変えるための的確な行動しなければならない。」

これが、森羅万象の事実です。

これを忘れないでください。

願っても何も意味はありません。

それどころか「願う・祈る」という「何もしないこと」は、権力者の世界コントロールを許容しているのです。

それは加担していることと同じです。

その権力者は善意溢れた者たちではなく、犯罪者集団であり、おかしな方法で大衆統治しているのですからそれらと同罪の行動なのです。

願い、祈り、何もしない言い訳をする癖がある人間が増えてくれれば、支配者層は助かるのです。なぜなら問題なくスムーズに思惑を達成できるからです。

だからそのような人が増えるための社会整備をしています。

「願う・祈る(「何もしないこと)」とは、人を盲目にさせることで、暗黙に権力者(犯罪者)に加担させる手段です。
そのように、厳しく自分を見てください。

私のことを応援している人は、私の存在をよく思わず攻撃して来る人よりも明らかに少ない。

つまり、私は大衆に寄り添っているが、大衆は私を無視し、私の周りは妨害者ばかりが集まってきているように見える。

そのように感じざるを得なかった状況から、今回皆さんの支援が私のやる気に火をつけてくれました。

私は終始、公益だけを考え、大衆の方を向き続けて、体力の限界を超えるまで精一杯情報発信し、活動していると、胸を張って言うことができます。

動画、記事のクオリティを上げながら、決して少なくない数の本数を発信していると自負しています。

7月は、動画11本 記事38本あげました。

それも、某活動家のような、数分の動画、一言ブログではありません。

ただ垂れ流すようにダラダラした編集されていない動画ではありません。

しっかりと、編集し、わかりやすいように字幕、情報ソースまで入れています。

そして動画は平均しても30分ほどあります。
著作の執筆を見据え、文章能力を上げるためにも、扱う内容によっては文字数を多い記事も多くなってきました。

これをすべて一人でやることは決して簡単な作業ではありません。

活動2年半、自分を追い込んできたから、できるようになってきた技です。

そしてこれは本業の片手間にできることでは決してありません。
もし嘘だと思う方がいるのなら、是非とも私がやっている事をたとえ一つでもいいのでやってみてください。

私は誰の助けもなく、一人で情報発信をしています。

私の活動は、私のすべての時間と労力と、多くの犠牲を伴って、やっとできることであることを知って欲しいです。

活動を継続すればするほどに、私は自分の能力が上がっていると実感しています。

それは公益をより残せる人間に変化(成長)しているということです。しかし今年に入ってから大衆は私の言論に価値を感じているのかどうか疑問に感じていました。

私に寄せられるメールやコメントは8割方私への否定のコメント、妨害コメント、(コメントは承認制ですから、皆さんの目には触れません)であり、賛同するコメントは少数だからです。

そしてなにより活動を継続しても一向に私、たった一人が普通の生活が送れるほどの支援金すら集まらず、支援者が増えないからです。

妨害する人ばかりが増え、私の味方はほとんどいない。そう思わされる日々でした。

それが今回、やはり見てくれている人たちがいるんだ、私の活動に価値があると思ってくださる方たちがいるんだと実感することができました。

アクセス数は毎日数万あります。

そして私の作るコンテンツは間違いなく有益な情報であり、唯一無二、私にしかできない分析を伴った価値ある媒体・コンテンツを作っている自負があります。

しかしながら支援者がいなければ生活ができませんから、もうやめるしかないかなと思っている時が07月10日のツイキャス生放送した時期に思っていた正直な気持ちでした。

例をあげれば

パン屋さんが毎日数万個のパンを無償で提供し、「そのパンに価値があるのなら、支援金という形で返してください。そうすれば、継続してパンが焼け、富の大小、年齢にかかわらず、みんながパンを食べれます。」というスタイルで、数万個のパンが毎日食されているにもかかわらず、月に20人ほど。月によってはそれを切る人しか私の労働に答えてくれない。という現状です。

しかしながら、私の情報は確実に皆さん全体の為。公益になっているのです。

なぜそうはっきり言えるのかというと、私が取り扱っている問題は、間違いなく大衆全員の問題であり、しかもその見えにくくされ、隠されている問題をしっかりと顕在化させているからです。

誰も気づいていないことを気づき、ただ気づくだけではなく、その事の重大さを皆さんにも理解してもらえるように、記事と動画を作ってお伝えしているからです。

しかもリアルタイムで誰よりも早く。

そのみんなの問題は今、早急に我々はことを起こさなければ、取り返しのつかない未来がやってくると、はっきりと危機感を認識しているからこそ、警告し続けているのです。

そして私自身、公益があることを第一に念頭に置いて記事・動画を制作しているのですから、ある意味当たり前のことです。

ですから私が発信するコンテンツを作る動機は、私利私欲ではありません。

皆さん自身、そして皆さんのご家族・子孫に差し迫った、問題を毎日提起しているのです。

記事・動画を有料化したらどうですか?という人もいますが、大衆全員の問題を扱っているのですから、私の作るコンテンツを有料媒体にして限られた人に発信することは不本意です。

ですから、現在の私が取っているスタイルである、「無料でコンテンツを提供して、各々に自発的に支援金を募るという形」をとっているのです。

有料媒体にして限られた人しか見れない状態にすることは避けたいです。

何度も言いますが、私が扱っている問題は、漏れなく全員の問題なのですから全員が見るべきだからです。

それは私の情報発信する内容の深刻さを理解している方ならば同じ想いだと思います。

私の情報を定期的に見ているのなら支援して欲しいと思っています。
でなければ、私の活動は終わってしまうからです。

私が露呈させている問題は、その問題に気づかないように、大衆に対して様々な社会洗脳(義務教育、社会通念)が施され、それどころかダイレクトにマスコミにバイアスがかかっています。

為政者も官僚も法案には様々なトリックを差し込んできます。このように向こうも正直にすべてをさらけ出すわけではありませんから、私のような「気づいていてしまう人間」が露呈させなければいけないのです。

その誰も気づかないけど、私は気づく、それをわかりやすく情報発信するという点が私のコンテンツの付加価値であると思っています。

ですから、私はより多く人が理解できるように、このような文字媒体のブログ記事だけではなく、音声、映像から訴えるべく「動画」まで作って皆さんに現代社会の現状をお伝えしているのです。

ブログも、動画も作り、その中身は、ただの「情報のオムニバス(コピペ)」、「誰かがどこかで言っていたこと」、ではなく、独自の視点で、誰も気づかなったことを、事件が起こされているその時に、一番乗りで顔を出して述べている活動家が私の他にいますでしょうか? 私には見当たりません。いるならばぜひとも教えてほしいです。ちなみに以下の様な人達を含めるのはやめてください。

・陰謀論者を否定しながら、陰謀論者と全く同じことを言っている人
・人間である支配者層から矛先を他の者(宇宙人など)に変えている人
・古代などに目を向けさせ現状に焦点を当てない人

これら支配者層が設定した隠れ蓑を避けて、現代社会に敷設された情報常識から己を脱洗脳しながら「生物としての普遍性」に沿った観点からものを言う人間ではなければいけません。

この社会常識に逆行する「生物としての普遍性」に沿った発言は、孤立する恐れがある勇気がいることです。(本来ならこれらは一致し、逆である社会をおかしいと気づかなければいけない)

私は、「法律では~、社会通念では~、普通は~」なんて枠には一切左右されません。

それは現代社会では、我々と同じ人間である支配者層が大衆統治のために作り上げたマイルールにすり替わってしまっているからです。(もちろん必要なものも含んでいる。)

現状我々の幸福と、かい離している常識が敷設され、大衆統治という視点で敷設された常識、それが社会通念になっているのですから、それを否定することは、我々にとって延命であり、後世の為、つまり公益なのです。

だから私は孤独を恐れず、発言する責務があります。

この「公益をもたらす」とは、人間にとって一番重要なことです。
なぜなら、我々は自分のためではなく、後世のために生まれてきたはずだからです。

「我々は自分のためではなく、後世のために生まれてきた。」という事実を認識することで困る人がいます。

それは我々を統治したい「支配者層」です。

なぜなら、大衆がそれを認識するならば、全体のために全体が生きることになり、それでは一部が全体を支配することができなくなってしまうからです。

そしてそれを認識する大きなきっかけとして「出産」という子孫を残す行為があるわけですから、子供を産ませない支配者層方針である出生率の低下は、「統治システム構築のため」という面も内包しているのです。(地域によって戦略違いあり、大雑把に言えば先進国と発展途上国では違う)

ですから、公益をもたらさず、公益が一切ない、どうでもいいことに、金と大衆を集めることは支配者層の大衆統治戦略なのです。

一例をあげます。

「ヒットを何百本打った、ホームランを何本打った。」
「100mでコンマ何秒タイムが縮まった。」

これにどうゆう意味があるのでしょうか?
これにどうゆう公益があるのでしょうか?
(これを今後「スポーツ洗脳」と呼ぶことにします。)

球を多く打ち返したからといって、後世は幸福になるでしょうか?
シュートを多く決めたからといって、後世は幸福になるでしょうか?

一切なりません。
(「後世」には、一家一族の子孫という「個人主義」でなく、人類全体の子孫という「全体主義」の概念が内包します。)

それどころか、それらは大衆の時間を奪うことで、大衆が公益を生み出す方向性の行動の矛先を無駄なものへと反らし、どうでもいいことに誘導する役割なのです。

それらに熱狂している者は、スマホなどでゲームに夢中になっている子供となんの違いもありません。

世界を見渡せば、刻々と統治システムがより強固なものへと構築されているのです。それは我々大衆が奴隷に刻々と成り下がっていることとイコールです。

その社会変化に意識を向けさせず、「人生を楽しもう!」などという社会の空気は、意図的な愚民化計画に他なりません。

世界を見渡し、自分の生に責任を持つならば、そんなことに目を向けられないはずです。

「悪法を作らせない、大衆の中に争いを生むためのくだらない常識を敷設させない。」という公益を目的とした私の活動は家庭も持てない収入で、それら「無意味な大衆誘導」という役割で年俸数億の選手との両者の違いを見て、「このような社会システムが作られたのは一体何を意味するのか?」を各々で考えてください。

スポーツ選手をスター化し大衆意識を誘導していることと、私の活動は全く別格です。

にもかかわらず、公益が無い者に人・金が群がるようにメディアなどを使って誘導している現状の意味を考えてください。

どちらが公益があり、未来を明るくするか各々で考えてください。

本当にスポーツを楽しめる世界は、私の活動の先にあるのです。

統治社会への方向へ常識を書き換え、事件を起こして立法の肯定材料にし、大衆統治社会を作り上げている支配者層を痛烈に批判したアプローチをとり、大衆に対して生物の本質としての価値観を再認識させる私の活動の先に全体の幸福はあるのです。

この事実に、激高するスポーツ選手がいるのなら、残念ながらスポーツは人に知性と公益をもたらさなかった証拠になります。

私は事実を言っているに過ぎないのです。

冷静に「そうだ」、「どんなに血のにじむ努力をしてきたとしても、何本ホームランを打っても意味はない(公益という視点で)」と思えなければ、自分さえ良ければいい思考(私欲)であり、他者に与えられた小さな幸福の中で、現実を見ないようにしているに過ぎません。

子供の時の夢を視野が広くなったであろう大人になっても変わらず追い求め、せせこましく生きているに過ぎません。(小学生男子の夢一位は、大体が毎年スポーツ選手です。)

大人なら、公益を全体にもたらさなければいけません。
大人なら、全体を見なければいけません。

公益は、いち生物として「生きる」という観点の全てです。

今回、皆さんの行動は私のことを心を救ってくれました。

私は感謝の気持ちを最大限に込めて、本記事を書きました。

この記事を受けて逆に離れていく人もいるかもしれませんが、私は皆さんが自分に厳しく強い存在であると信じています。

今後とも私の活動に価値があると、感じていただけましたら、継続してご支援いただけますようお願いします。

2016年夏、どうじょうに力を頂きながら。 さゆふらっとまうんどP1000494

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