男子児童の両親を悪者にして我々にどうゆうメリットがあるのでしょうか?
どうゆう公益があるのでしょうか?
「両親の躾が行き過ぎてた」と、両親を責めても何も解決しない。
それどころか公害である。
なぜならこのような報道をされると、躾と虐待の違いの曖昧さに、社会の目を気にして虐待と思われないかびくびくしながら子育てをするように大衆は強いられるからです。
このような事柄に社会一体となって騒ぎ、両親をバッシングすることで、大衆の子育ての仕方にバイアスがかかるようになる。
それを目的として報道されているのが本事象なのです。
もはや一家族の問題ではなく、マスコミを使って社会全体を巻き込んでしまっているのです。
そして私をキチガイ扱いする方たちに聞きたいのは、一家族の躾が間違いで起きたことで、なぜこれほどまでに社会が動くのでしょうか?
その説明はどうつけるのか?
一人の男児の行方不明に対して社会一体となって探し、報道するほどこの世は善意で動いているとでも思っているのでしょうか?
私が過去に扱ってきた事件を見ても、行方不明児童が何千人もいる現状を見ても、社会は善意に沿って動いてい・な・い・ことは証明されています。
なお、子供が自分で作ったあざ、そして親に怒られた断片を受けて「よく怒られる、怖い、手を上げる」等の表現で証言し、母子家庭や外国人家庭、生活保護等の条件が揃うと児童相談所が家に来て事情を聴かれる現状を知っているのでしょうか?
そして誤解であることを主張しても相手によっては子供を施設に入れたい利害関係を持って話を進めてくるのです。
これでは、子育て自体がリスキーです。
つまり子供を作らないほうが生きやすいのが現代社会であり、そのような社会構築が今もなお継続して行われているのが現状なのです。
今回の報道も「子供を作らないほうが生きやすい社会構築」の為の報道の面があります。
ですから、両親個人に責任を擦り付けて終わることは、不可抗力を装って騒動を起こし、目的である「躾悪」の常識の敷設をして、両親のせいにして幕引きしたい支配者層の方針と一致します。
事の本質は、この両親の躾そのものではなく、その躾に対して悪のレッテルを張ることで目的を追行したい、マスコミを牛耳る者達です。
ですから、「問題は事の発端である両親の躾である」としたいこの騒動を起こした者達は、両親が言う「5分」が「嘘である」としたいはずです。
STAP騒動で小保方氏に「STAP細胞はない」と言わせるべく社会が一個人を攻撃していたのと同じように、記者や取材陣、ジャーナリストを使って圧力をかけ、両親に「5分は嘘であると言え。認めろ。」と仕向けている可能性があります。
両親そして家族が社会(メディアやネット)から総攻撃されることによって死にまで追いやれらないかが大変危惧されます。
鳥インフルエンザ報道でメディアに殺された浅田農産の老夫婦の自殺のように。
その支配層方針と一致している思考が、「5分が嘘ではないか」という公害はあれど、公益は一切ない思考です。
両親の放置時間が嘘であると明かすことと、男子生徒が無事に戻ってくることは関係ありません。
それは仮に、両親と特務機関がグルであったとしてもです。
5分が実際には1時間であっても正しい捜索活動を行っていれば、その方法に違いはないでしょう。
そんな無駄な方向性で疑いをかけるより、もうすでに我々大衆に降りかかっている常識の敷設と男子児童が無事に戻って来る方法に思考を向けるべきです。
<以下、関連記事・動画>
・北海道七飯町小2男児山林行方不明 「しつけはいけないことだ」と言う常識の書き換えを目的として報道されています。
・五分間子供にお灸をすえる気持ちでした躾が社会一体となって攻撃されることなら、「躾はしてはいけない、虐待である」というのが支配者層方針だということです。~ 北海道七飯町小2男児山林行方不明
約5000人の行方不明児童 生死に関わらず調査されぬ現状も
2014.06.16 16:00
栃木県旧今市市(現・日光市)の小学1年生・吉田有希ちゃん(享年7)が殺害されて8年半の年月が経ったが、6月3日、事件は急展開をみせる。同県鹿沼市在住の無職・勝又拓哉容疑者(32才)が殺人容疑で逮捕された。
今、日本では有希ちゃんのように、学校の登下校中や放課後に遊びに出かけた際などに、突然、姿を消したり、小学校の入学時期になっても所在が確認できない子供が数多く存在する。
幼い子供たちが何らかの理由で“行方不明”になっているのだ。2013年度の文科省調べによれば、小1から中3までの義務教育期間の子供のうち、1年以上行方がわからない「居所不明児童」が705人もいる。
また読売新聞は2012年度に乳幼児(0才から小学校にあがるまで)を対象に全国調査したところ、所在が不明だった乳幼児は4176人だったと報じている。つまり約5000人もの子供たちが消えているということになる。
『ルポ 子どもの無縁社会』(中公新書ラクレ)の著書で、居所不明児童の問題に詳しいノンフィクション作家の石川結貴さんはこう話す。
「居所不明者は、16才以上になると除外されていくため、累計すれば全国で万単位の子供たちが行方不明のまま放置されていることになります。義務教育を終えた後の子供たちは、生きていようが死んでいようが調査さえされていないのが現状なんです」
行方不明の児童の中には、親の借金などにより一家で失踪したケースや、夫のDVに耐えられず、妻が子供を連れて夜逃げしたケース、さらに宗教施設で暮らしているケースなど、何らかの事情で行政に届けが出せない例もあるが、誘拐や人身売買など、なんらかの事件に巻き込まれた可能性がある子供が存在しているのも事実だ。
つまり、ある日、突然、あなたの愛するわが子が、事件に巻き込まれ、忽然と姿を消してしまうことだってありえるわけで、決して他人事でない。
1万人を超える子供の行方がわからないという実情は、今日本が抱える深い闇のひとつといっても過言ではない。
また有希ちゃんの事件では、逮捕後に勝又容疑者の元義父が、「家には他にもランドセルが4つあった。うち3つは女の子用のものだった」と証言している。
「そのため、勝俣容疑者には、他の殺人や誘拐などの余罪がある可能性が指摘されています」(全国紙記者)
※女性セブン2014年6月26日号
この人達の方が、心がひん曲がっていると思います。
さゆさんの言う通り、一家族の躾の問題に、マスコミが寄って集って騒ぐ必要はないです。
さゆさんは、突き抜けて真っ直ぐな人だと思います。そんなさゆさんの言うことが、理解でき納得できる自分も真っ直ぐな人間だと自負しています。f^_^;