




殺害予告されたアグネスが米国から帰国「具体的だったので怖かった」
スポーツ報知 9月23日(水)22時40分配信
ツイッターに脅迫文を書き込まれた歌手のアグネス・チャン(60)が23日、三男の大学入学式出席のため滞在していた米国から帰国。羽田空港で取材に答えた。
ツイッターをチェックしている時に自ら脅迫文を見付けたアグネスは「自分だけではないので。会社や近所の人に迷惑をかけちゃいけないと思いました」。すぐに日本にいたマネジャーに連絡し、110番通報をしてもらったという。「9月21日 ナイフでメッタ刺しにして殺しますよ」と書かれていただけに「すごく具体的だったので。怖かったですね」と振り返った。
他に文面には「児童ポルノ認めないとアグネス御殿は血まみれになりますよ。今すぐ認めてくださいね」とあった。これは、アグネスが1998年に初代日本ユニセフ協会大使に就任し、児童ポルノの廃絶に尽力してきたことに理由があると見られる。「過去にも誹謗(ひぼう)中傷や、事実無根のことを言われたりしたことがありました」と、これまでにも被害に遭った経験があることを明かした。
今年7月には、児童ポルノの単純所持の罰則化が決定。「ようやく一歩前進した。国際社会からの要望にも応じられて、(罰則化の決定時には)喜んだ」というアグネスは「守るべき子供たちがいっぱいいるから、活動していかないといけない」と脅迫に屈しない気持ちを明らかにした。
児童ポルノ単純所持の禁止は、児童を守るための法律ではありません。
「なにが児童ポルノに当たるのか?」という、その児童ポルノの概念がわざと曖昧に設定してあり、性イデオロギーの書きかえが行われている昨今、その範囲はどんどん広がっていきます。 「服を着ていることで、ことさら強調されて」性的好奇心を満たす目的である、と判断されることもあると、国会質疑で言われているのです。
つまり、児童ポルノ単純所持の禁止とは、誰でも逮捕できる法律であり、NWOへの法整備です。
今回の報道は、このような児童ポルノの矛盾、問題を指摘する者に対して、それらの人は「このような脅迫する人物と同等、おかしい人達なんだ」という、「言及を萎縮させる為」の「常識の敷設」が目的でしょう。
そもそも、アグネスが単純所持の罰則化を謳っていた人物だからといって、アグネスに対しての殺害予告をしても、全く意味がないのです。 彼女一人の権限で児童ポルノ改正案が2014年に成立したわけではありません。 為政者が支配者の手先である構造が問題なのです。彼女を殺害しても児童ポルノが認められるようになるわけではないのです。
そしてなぜ、警備を強化しているだけで、書き込みをした人物が逮捕されないのでしょうか?
警戒を強めても意味がありません。早くその書き込みをした人物を逮捕して、しっかりとその顔と名前を報道してください。いつものように脅迫をして当たり前の人物像であると敷設するネガティブ報道も合わせてしてください。
この事件は最も簡単に起せるでっち上げ事件なわけです。ツイッターに書き込みをするだけで上記のような常識の敷設ができるわけです。 合わせて警察に早急に被害届を受理するように言うだけでOKです。
しかしそれらすら不要かもしれません。 警察・マスコミ・為政者・司法はグルだから可能です。管轄警察署員が「そんな事件あって、受理したんだ?」ということです
そもそもこの手の脅迫に限らず、警察と言うのはなかなか被害届を受理したがりません。いちいち「脅迫を受けた」などの件を調書にお越していたら、他業務まで手が回らないから嫌煙されます。
そしてなぜでっちあげ事件であると言えるかと言うと、社会は子供を守るための行動を全くとっていないどころか、真逆の対応である、「誰でも逮捕できる法律」を進んで立法しているからです。そして、それらとグルであるマスコミが一斉に扱っている事実があります。下記事で書いたとおりです
本当に子供を守りたいならば、昨今行われている「でっち上げ事件の真相」を究明するべきなのです。
そして「でっち上げ事件の真相」を究明すれば、必ず、支配者層の露呈に繋がります。
私が取り扱ってきた「神戸美怜ちゃん殺害」、「高槻市中学生殺害」は、支配者層の都合で子供が巻き込まれた事件のほんの一部です。 これら事件で犯人とされた人物は、本当の犯人とは考えづらく、他の大きい組織つまり、この世界を牛耳る支配者層のNWOへの目論見を果たすための「特務機関」がこれら事件を起しているのですから、まずはその「特務機関」を糾弾しなければ子供を守ることはできないわけです。
そして、この「子供を守る」と言う概念も、本来おかしな話なのです。「子供は守られるべきで、大人は守る必要ないのですか?」そのような政策が、非正規労働などに代表される貧窮化政策が行われているのは、皆さんご存知のとおりです。大人と子供とはそんなにきっかり分かれているわけではありません。守るべきものは「子供」という小域ではなく、「人」です。
18才で急にみんなが大人になるわけではありません。成長は人それぞれです。
小学生だからと言って、大人より聡明で、大人より大人らしい立派な子はたくさんいるのです。
しかも、大人とはなんでしょうか? それを考えたら、私は大人など、ほぼ見当たらないと思います。
両者は生活を共にし、同じ場所に住む家族です。つまり「どちらかを守る」という構造は、私が常に言っているいつもの社会構造である、「問題を作り上げ、左右を作って目論見を果たす」支配者層の常套手段と同じ構図なのです。
そのために、「子供」と言うこれまた曖昧な概念を作りあげたいわけです。
司法・警察・政界・マスコミはグルであり支配者層の手先ですから、支配者層の目論見や権力者の都合次第で、我々の人権はおろか、命など危ういものです。そのシステム自体を変えなければ、子供を守ることはできません。
つまり、子供だけを守ることは不可能です。
大人・子供関係なく、皆の幸福を目指すことでしか子供を守れません。先ほど言った大人の世界では貧窮化政策を進め、子供の世界では、不安を煽りながら、守ろうとするのは、完全に矛盾しているのです。
子供を守りたかったら、大人も両方、そしてそれだけでなく、認知できる「生物」と言う広域の概念で物見て、「自然」を考えた上で行動するべきなのです。
・<高槻市中学生遺棄>マスコミは「防犯カメラの必要性」そして「(他人に対して)より気をつけろ」と疑心暗鬼になる風潮を植えつけたいようです。
・監視社会を敷設しようとしている支配者層の手先と、皆様へ ~我々の幸福と関係のない「常識の書き換え」を認識しなければいけない
しかし残念なことに今、世界は奴隷社会であるという認識自体がされていないほど、無思考・無知・他力本願・不健康・洗脳が進んでいますので、その「認知させる」ところから始めなければいけないという、わかりにくい状態になっているわけで問題は深いのです。
よって、付け焼き刃的な対策では奴隷社会から抜け出せず、教育改革、環境整備、などからしていかなければいけないという状態です。
しかしながら、「今まさに奴隷社会である」と言うことを認識し、それを脱していけば、子供のみならず我々大人を含む、大衆を守っていくことができる可能性が大いにあると思います。
児童ポルノの単純所持を禁止したところで、それはなんら子供を含んだ我々大衆が幸福になるわけではありません。
子供の幸福と我々大人の幸福は繋がっています。
我々大人が幸福でなければ、子供も幸福ではないのです。
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児童ポルノ事件 上半期で子ども380人余被害 |
(さゆふらブログ・児童ポルノ関連記事の一部)
・ついに児童ポルノ法単純所持で書類送検 ~子供への性愛は駄目と強く社会敷設することは、子供を愛すこと自体を悪とする布石です。
・<NWOへの法整備>今日7月15日から「児童ポルノ」の所持禁止スタート。
・警察庁「児童ポルノ廃棄を」一斉にネットパトロール-単純所持の罰則前に ~だれでも性犯罪者にでっち上げる為の、児童ポルノ単純所持の禁止
・児童ポルノ改正案は、虐待している親や、幼児性愛者だけが取り締まられる法律ではありません。
・児童ポルノ動画ファイル共有ソフト「マイクロトレント」で公開疑いで逮捕 〜この報道の本当の狙い
・児童ポルノをリツイートした疑いで書類送検 ~リツイートと犯罪の可能性を結びつけたい検察
・児童ポルノ、単純所持も処罰対象 「麻薬=18才以下の人間の写真」 法案提出へ
・英警察、小児性愛の疑いで660人拘束 この中に権力に不利益な人間も含まれているでしょう
「子供を守る」と言う概念
ここです~!
私も反原発関連のスローガンをどこかで耳に挟むたびに、
違和感があり、周りにはそんな話をしてきました。
「そこじゃなくね??」と。
敷設されたものですね。
またもや文章にして明確にしてくださったことに感謝です。
子供を守るという言葉を良い意味でも武器にして、
大切な中枢のところまで落とし込みがなされてない。
もう至る所のそんなスローガンには嫌気がさしていました。
なんでもそうですよね・・・本当に一見綺麗な薄いもので目くらまし。
★そもそも”ネットの書き込みで逮捕が異常”なことに国民は気づかなければならない
こんな非常識を常識として受け入れてはいけない
例えば反政府活動が書き込まれている掲示板があったとして
そこに政府側の工作員が殺害予告をまぎれ込ませるだけで、その反政府活動は瓦解させられてしまいます
こんな無茶苦茶なことはない
全国民に自作自演や嘘の観念を勉強させなければどうにもならない
そういえばその点、ここのコメントの承認制は政府側が付け入る隙がないのでいいですね
それにしても、日本人は善人()ですが、やはり善人であるだけでは悪人は倒せません
嘘を疑う、何事も信じない悪人(?)にならなければこれ以上戦うのは難しいでしょう
日本国民・・・これからどうなってしまうのか・・・
今のままでは国民は富裕層の家畜にしかなれないでしょう・・・
しかも、日本国民は教育の時点ですでに準家畜になっているのが困ったものです
勧善懲悪の創作ばかりに囲まれ、親には善人であれと説かれ、学校では空気を読めと強いられ
完全に人類の性善説を植えつけられてしまっていますので、悪い事アレルギーが発症してしまっています・・・