神と悪魔について さゆふらっとまうんど


WS005469やめにしないか、あなたのために。

上記記事を書きました。

ついでに私の神への認識を話します。

私は、「神と悪魔」は我々人間一人一人の心の中に共存し、実体はどうであれ、我々の認識の外に存在するものではないと思っています。(そう考えていることが下記対談動画を見ると分かる人にはわかると思います。)

つまり、神・悪魔は我々人間そのものであり、我々人間は自分次第で、神にも悪魔にもなれるのです。

神・悪魔は、それ以上のものでは無いと思っています。

皆さん自身が、今まで生きてきた中で、自分の心の中に、「神的な部分」、「悪魔的な部分が」あることを認識しているのではないですか?

あなたの中にある「神的な部分を指針に生きるのか?」「悪魔的な部分を指針に生きるのか?」(人間そんな綺麗に分けられるほど単純な生き物ではないですが)生活の中でそれらをどのような比率で心に持ち、生きているかで、人間は神にも悪魔にもなれると思います。

もちろん「神的な部分を指針に生きる」ことは簡単なことではありません。そしてどんなに神的要素を指針に生きても、悪魔的な部分も常に内包しているのが人間です。しかしそれもまた、日々の心持で小さくも大きくもできるのもまた人間です。

その神や悪魔があたかも、我々の内部の外にあるかのように偽り、情報空間で現象化させた神がいかにもすごい存在であるか(全知全能)のように、大衆の脳内にイデオロギーを作り出して、三位一体だの言い出して、脅したり、従わせたり、ひれ伏させたりと支配者が宗教を利用して、人間が人間を支配してきた。その一つの道具として聖書も利用されているのだと思っています。

私はその矛盾を動画の中でも話してます。

「誰に祈っているかは、本人にしか分からないのに、なぜ同じ神に祈っていると、共有認識できるのか?」と。

他者が誰に祈っているのかは、一生確かめようがないのです。

なぜなら、私もあなたも他者にはなれないからです。

にもかかわらず、「祈って良い神」と、「祈ってはいけない神や悪魔」がいるのは、矛盾しているのです。

私があなたの中に入って、「うんうん。あなたは今、確かにルシファーに祈ってる」と確認できません。

長老が祈っている信者に対して「昨日はA神に祈っていたけど、今B神に祈っていただろう!」とか、わかりません

つまり信者は、宗教関係者が言う「A神」や「B神」を認識しているように錯覚しているに過ぎず、本来あなたは、あなたの中にいるあなただけの神しか感じることができません。

わたしが思うのは、

「その神はあなた自身です。」

つまり、「神は共有できない」と私は考えます。

私の中の神は私だけの神であり、あなたの中の神もあなただけの神であり、宗教団体が「A神」、「B神」と固有名詞らしきものを名づけても、曖昧な概念であり、確証もない、一生他者が確認不可能な概念を信者同士で共有しているように感じているだけで、お互いに決め付けているに過ぎません。

つまり宗教とは、人の中の神を成長させ、人を神たる者にまで育てるのではなく、自分の外に神を見る行為ですから、人の成長を阻害させ、人を他力本願にさせ、人を無力化させる為に支配者層に取って便利な概念なのです。よって人間の自立を阻害する思考であり、後世を背負って立つべき大人の人間が身を置くべきコミュニティーではありません。

人間は自分が神になるために精進すべきであり、それは「この世に自分が生まれてきたことでより良い世界になった」という影響を環境に与えるという皆が等しく追っている責務に繋がっています。その責務を果たさないことは悪魔的人生で終わると言うことです。

つまり、神になるのも悪魔になるのも自分次第であり、後者は聖書で言う「羊」で終わると言うことです。


「私とあなたは、どこまでも続く壮大な空を移り行く、真っ赤な夕日を見て、一緒に感動し涙した。」

その物理空間の他者との共有ですら、同じ夕日を見て、同じ感動を味わったわけではありません。

私はあなたの体の中に入ってその夕日を見ることができないのですから、私が見ていた夕日と同じ夕日をあなたの脳内に映し出されていたか、同じ感動だったか、一生確認不可能なのです。

同じ夕日でもあなたは私が見ていた夕日より、もっと、ものすごい夕日を脳に映し出していたのかもしれませんし、あなたの感動は私が抱いた感動を凌駕している可能性も大いにあります。

物理空間の共有ですらそうなのですから、増してや「神」と言う、情報空間の共有では、なおさら「同じ神を拝む」とは曖昧な行為そのものです。

つまり一生無理である事を強要する宗教は、人間の利害に繋がっていると考えます。

皆さんそれぞれの中にある、「内なる神」はあなただけのものであり、あなただけが大切にすればいいのです。

誰にも拝ませてはいけません。

なぜなら他者も神だからです。

それに反すると「三位一体」という概念が生まれ、人間が人間を拝ませる支配構造に繋がるのです。
社会一般に言われている「外なる神」は、いないと私は考えます。

私は、私の中にある「神的要素」を指針に生きていきます。

それには宗教も私の外にある、誰かが言い出した神も必要ありません。

命ある限り、自分の最善と最高を目指すだけです。

ただ、私が幼少期の時、両親や他者が私の中にある「神」をとってもよく褒めてくれ、愛してくれた記憶があります。




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神と悪魔について さゆふらっとまうんど」への29件のフィードバック

  1. 夢とロマンを忘れない農家

    私たち一人一人には無限の可能性がある。自分の現実は自身で創造している。その真理を忘れているだけ。

  2. karie

    自分の外側に神を作り、その神を崇める人は、自分の中に自己否定や罪悪感を生み出し、それが悪魔という存在を作っているのです。
    さゆさんの仰る通りです。

    表裏一体というこの世の2元性のカラクリやトリックに気付けず、神様を自分の外に作る人は、同時に悪魔も一緒に作る事になるので精神がおかしくなって行きます。

    2元論で考える人間は、人としてとても未熟です。

  3. ponio

    神を自分の外に求めるのは宗教です。
    神は宗教の中にはありません。
    神は自分の中にあるものです。
    この現実世界は二元性で成り立っています。
    善悪、光と影、優劣、など、、、
    二元性では神はいません。
    彼(RAPTさん)は二元性の次元で神を語っています。
    それは偽りです。

  4. そうとう酔っ払い

    瞑想の本を読むと自我をなくせみたいなことを書いていますが(わたしの読んだ本)
    自我をなくすことなんて実はできない、じゃないのかなと思うようになりました。
    無我の境地とかいいますけど、それなら寝ていて夢をみてない時が一番近いのではないのかな。
    まあ高度な?瞑想レベルはとてもわたしは無理みたい^^;
    未来は未知ですが、可能な範囲なことしかできない、それが人間なのでしょう。

  5. さっとん

    「私が幼少期の時、両親や他者が私の中にある「神」をとってもよく褒めてくれ、愛してくれた記憶があります。」

    素晴らしい。
    さゆさん、あなたは本当に素晴らしいです。

    上に文章以外にも・・・全て共感いたします。

    さゆさんのような心根を持つ仲間と出会えて、

    この時代に生まれてよかったと、心から想います。

    どうもありがとうございます。

    それから・・・少し場所が違いますが・・・
    ここで書きたいのですが。。。

    私は自分の家が火事になっているときに、
    火を消してくれている、兄弟の横で「頑張って」「応援してる」「どうしたらいいか教えて」「何とかしてください」

    これらの言葉は出てこないし、

    その言葉は使われるご本人たちの痛点はとても危ういものだと、

    私という神は常々想っています。

  6. あやーわ

    素晴らしい論文ですね。

    さゆさんの思想、哲学、分析力、大好きです。

    “愛はここに 神はあなたの中に”

    共鳴(空虚な石)と言うLily Chou-Chouの曲を思い出しました。

  7. もけ

    幼い頃プールで溺れて死ぬかと思ったことがあったのですが(両足だけを入れる穴が空いた浮き袋でしばらくひっくり返っていた)、どうやっても水中から顔を出すことが出来ずやがて呼吸が苦しくなり、それでも呼吸しようと水中で肺に大量の水を入れながら朦朧とする意識の中で死を予感しました。
    小学校2~3年生の頃でした。
    母が見ていたはずでしたが私の溺れ具合には気づいておらず、近くにいた知らないおじさんに命を救われました。
    そのおじさんは一言もなにも言わず私を助けた後、静かにその場を去って行きました。
    咳き込む私はお礼さえも言えずじまいでした。
    母親は新興宗教で神様を信じていましたが、僕はその出来事を境に人の良心を信じるようになりました。
    それまで母に言われるがまま神様(キリスト教ではありませんが)に祈っていましたがやめました。
    自分が一番信じるべき存在だし、たとえ信仰心があったとしても、結局は神を信じている自分を信じている事じゃないでしょうか?
    まず自分が大事であり、自分を大事だから他人を大切にしなければいけない。
    さゆさんの考えにはそういった共感を感じています。

  8. 夢とロマンを忘れない農家

    現実創造力について顕在意識で否定されてもそれは結構ですが、個々の潜在意識で意図したとおりの現実になっているはずです。ただしタイムラグの乱反射はあります。殆どは幼少より「人間は無力である」と刷り込まれています。
    人間は成りたい様に成る、それが一番幸せ。
    神にすがるのではなく、神の心を理解し、神の心になる。

  9. ロク

    すばらしく同意見です
    さらに現実的に、三次元的に言えばヒトの脳の愛や知恵の根本を司る器官である松果体が神の正体であり可能性を産み出し未来を作る器官です。
    古代エジプトではこの松果体をホルスの目、仏教では菩薩と呼んでいます。
    同じサイクルの中で民衆を飼い慣らし、何も考えてほしくない支配層はフッ素のフライパンや歯磨き粉、ケムトレイルによって民衆の松果体の石灰化に勤しんでます。彼らはまさに神殺しをしてるんです。

    あとは、まあ、神、といいますかこの生命の循環システムに社長がいるとしたら地球でしょう。

  10. chaconne

    さゆさんは、哲学を勉強されていたのでしょうか。
    私が何となく、宗教に対して抱いていた気持ちを、ここまで明確に言葉で表現されていて、とても感動しました。
    まさに、仰るとおりだと思いました。

  11. 匿名

    さゆ様

    初めて、コメント送らせてもらいます。
    さゆ様の神というものの認識を読ませて貰い、あまりに素晴らしく思わず消極的な私がコメントを送ろうという衝動にかられました。

    さゆ様はあなたは光です。
    光だから闇が強く見えてくる。でも、ただ闇と対立するだけではなく光で闇を包み込む愛まで持っている。
    それが、今回よくわかりました。
    闇が生まれた理由はきっとあると思います。闇があるから光を認識できるし、光が闇を作ったのかもしれない。

    さゆ様、あなたは光です。

    なぜか不思議と、その一言をずっと前から伝えたかったんです。
    私の中の神が伝えろと言ってたのかな…。

  12. うつ

    某陰謀論者がよく記事に使用する「日刊ゲンダイ」(http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/164281/1)の9月23日付の記事ですが、マイナンバー制度の監視管理社会について書かれています。
    防犯カメラや顔認証システムについてや、1%の管理する側が、99%の管理される側を支配するなどという表現などさゆさんに対して意識した記事のような気がするのですが…

  13. 権太

    仏教も元来、ただの「処世術」だったようですね。
    結局、どの宗教も、支配者に利用されてきた(いる)過程で都合の良い様に変化させられてきたんでしょうね。

  14. tsubasa

    他力本願
    まさにそう思ってました。

    いつも気付きをありがとうございます。
    この世をどう生きていくかのたくさんのヒントに感謝してます。

  15. ゆりっぺ

    さゆさん、いつもお疲れ様です。
    自分の問題を自分の頭でしっかりと考えられず、どこかに答えを求める、すがる、これははっきり言ってただの現実逃避。この依存体質の事を本当の意味で「病んでる」というと思うのです。一度この依存体質になってしまうと中々抜けられなくなります。何かに頼るのは楽ですからね。そのすがる対象がどこぞやの神や新興宗教になると、さらに教祖様の洗脳下(思い込みや軽い催眠状態、エネルギー干渉)に置かれます。すると教祖様のいう事が全て正しいという危ない状態にハマっていきます。その最たる悪い例がオ◯ムや、大昔から絶える事のない各戦争なのではないでしょうか。(戦争の原因はそれだけではありませんが)
     神と神の戦い。正しさと正しさの戦い。決着がつくわけありません。神や正義という名の元に行われる大量虐殺。そもそもモーセの十戒さえも多くの民の秩序を統一するためのものですよね。そしていつの世も必ず中から反逆者が生まれ、そこにまた新たな神が誕生する。邪教と言われる多くはこの様に生まれてきたのではないでしょうか?

    宗教は神という名の人間の意図が入っていると思います。いくら啓示を受けたとて、エゴがゼロの人間なんていないわけで、受けた側のエゴのフィルターを通す事になります。だから世界中に色々な神がいるのではないでしょうか。
    自分の頭でしっかりと考える事、自分の胸の内側に問いかける事、これが本当の神に繋がる事だと思います。
    長文失礼しました。

  16. 黒田黒

    少し前の統計になりますが神の存在に対する調査の統計がありましたが
    http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9520.html
    日本人の場合は神の存在や死後の世界が存在すると考えてる人は
    大体30%位な様ですね。全くしないと考えてる人も30%位です。
    結局半々って事になるのでしょうか・・・

  17. seta

    宗教とは、現世利益を貪ることしか思念の無い、知性や知能の低い人々を取り込む詐欺師どもの騙しの産物です。
    自ら知識を持ち、判断することが出来るようであれば、そんな馬鹿げたものに引っかかるはずは無いのですが。
    まあ、そんなものに引っかかるのは知能が低い証拠ですね。
    異常に記憶力が高いアスペルガーなどは、東大・京大に入るので、こいつらを役人にさせると
    為政者にとっては都合が良いわけです。アスペは医師や弁護士などとても多いです。
    こいつらは簡単に宗教などに引っかかります。

  18. よしこ

    端的に、宗教はビジネス、と思っています。

    その一方で、寺に墓参りに行ってきました。

    墓石の前で手を合わせる自分がいましたが、それは何かの神を拝んでいるのではなく、生きて会えなかった(私が生まれる前に亡くなった)祖父母に向かって、何となく心の中で話しかけるだけです。東京大空襲を、母を背負いながら生き延びた祖母へ、そして、生きていれば世界最高齢に迫る祖父へ、「昔話聞きたかったな~」「私は元気で生きているよ」と、先祖を想うひと時でした。

    8月15日に戦没者のことを想うように、彼岸の時期に墓参りをして先祖を想う、ただそれだけです。たまたま仏葬様式ですが、別にブッタも釈迦もいません。あるのは先祖との内なる対話です。

  19. hideko mazda

    いつもながらすばらしいですね。神も悪魔も自分の中に宿っているもの。同感です。私は子供の頃から偶像崇拝と言うのでしょうか、何かを拝んだりする事にすごく違和感がありました。
    ご両親や周囲の方からたくさんの愛情を受けて育たれたのであろうさゆさん、ご自身もすごく幸せだったから、と言えるさゆさんが、ちょっぴり羨ましくもあり、まぶしくもあり。
    いや、大丈夫、私も幸せですw
    私はブログを拝見してさゆさんが髭をはやしていたりお見受けするのがすごく好きです。人間らしいと言うか。何日間も自宅にカンズメなってたんかしら。すごい忙しかったんかしら。とか勝手に余計な推測してしまいます。勝手な推測失礼しました。w

  20. 美弥

    私の父は自身の中にある神を否定していました

    父の自己否定、自己嫌悪は凄まじいものでした

    父は自分を傷つけ苦しみ、家族に暴力をふるいました

    私は、ずっと自分は父と同じ悪魔だと思っていました

    このブログを読んで、自分の中に神が存在しているかも
    しれないと気付き始めたのです

    私は自分の代でこの連鎖を断ち切ります

    自分を愛し、大切にし自己の尊厳を守ること

    それは全ての生物にとって当たり前だということを
    やっと実感を伴い感じることができるようになりました

    これからもっと自分を愛し、もっと他者を愛せる人間に
    なって行きたい
    道は自分で切り開き、何度でもやり直せる本当にそう思います

  21. 甘えび

    美弥さん、良かったですね!
    このブログに出逢えて、本当良かったです。

    私もそう思ってます(^o^)/

  22. 美弥

    甘えびさんコメントありがとうございます(≧▽≦)
    そして賛同して頂き嬉しく思います!

  23. 権太

    神(創造主)という存在がいるとしても、この世界の外(もっと外、高次元)にいるはず。
    人間が認知できるはずも無く、ましてや、一個人(一民族)に偏った干渉などするわけがない。

    というのが、既存の「神」について考えていた自論です。
    さゆさんのブログ等で意識してからは、既存の宗教の「神」の人間臭さが際立って感じられるようになりました。
    大体、規模が地球を越えないレベルですしねw

  24. 医療大麻

    さゆさんに同意です。
    神はそれぞれの人の中にあると思います。
    そしてそれは大いなる神なるものから各個人に分岐して宿るものであり、大元は皆同じ神である
    という言説も聞いたことがあります。
    各個人バラバラの別の神が宿るのか、我々みな同じ神なる存在から分岐して宿っているのかは分かりません。
    が神は人の中にあるのは間違い無いと思います。

  25. 甘えび

    ここに書かれている文章を、自分自身確認する為に何度も読んでいます。

    権太さんが言うように、創造主(神)が高次元にいるとして、医療大麻さんが言うように、その神の分け御魂が各個人に宿っていて大元に繋がっている。つまり生きとし生けるものすべてはみんな深~いところで繋がっているというふうに思っていました。

    >つまり宗教とは、人の中の神を成長させ、人を神たる者にまで育てるのではなく、自分の外に神を見る行為ですから、人の成長を阻害させ、人を他力本願にさせ、人を無力化させる為に支配者層に取って便利な概念なのです。よって人間の自立を阻害する思考であり、後世を背負って立つべき大人の人間が身を置くべきコミュニティーではありません。

    >人間は自分が神になるために精進すべきであり、それは「この世に自分が生まれてきたことでより良い世界になった」という影響を環境に与えるという皆が等しく追っている責務に繋がっています。その責務を果たさないことは悪魔的人生で終わると言うことです。

    >ただ、私が幼少期の時、両親や他者が私の中にある「神」をとってもよく褒めてくれ、愛してくれた記憶があります。

    のところがとても好きです。

    自分の生まれた家が寺なので、ちょっと痛いところがありますが、
    自分の中の「神」の部分を高め、「神」の部分をよく褒め、愛してあげる「おばあちゃん」になりたいと思います。

  26. チオビタ

    甘えびさん

    いつもありがとうございます。

    私も、甘えびさんとまったく同じ所に注目です。

    自分のものにするのに、なかなか時間がかかっています。
    なので、私は「さゆノート」を作って、大事なことは書き留めています。
    まさに、上記の部分は、しっかりノートに書いてあります。

    このブログに辿り着いたこと、それと尿療法を教えてくれたことで
    自分の中で、気がついたことは、神的な部分が日毎に備わってくる
    ような感じがしています。

    ところで、甘えびさん、白髪は、黒くなってきましたか?
    わたしは、まだちょっと経過観察中です。

  27. 甘えび

    あっ、チオビタさん!
    それが・・・・、私も経過観察中でーす!エヘッ

    「さゆノート」いいですね!私もマネしよう。
    細かい表現まで記憶しておきたいから

    ありがとうございます(^o^)/

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