戦没者の慰霊と平和への祈り込めた花火 ~支配者都合の終戦から70年の8月15日全国99箇所で花火大会が行われています。


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08/16 18:46

終戦から70年。太平洋戦争の開戦の舞台、アメリカ・ハワイの真珠湾で、戦没者の慰霊と平和への祈りを込めた、長岡花火が打ち上げられた。
日本時間16日、ハワイ・ホノルル市で、新潟・長岡市とホノルル市の、平和友好記念式典が行われた。
この式典は、戦後70年に合わせて企画されたもので、その後、長岡市の花火・長岡花火が打ち上げられた。
この花火には、戦没者の慰霊・平和への祈りという願いが込められている。
1941年12月8日の日本による真珠湾攻撃で始まった太平洋戦争。
真珠湾攻撃を指揮したのは、長岡市出身で、連合艦隊司令長官の山本 五十六だった。
一方、終戦直前の1945年8月1日夜、長岡市は、アメリカ軍の空襲を受け、1,486人の尊い命が奪われた。
空襲を受けて、長岡市では、毎年8月に亡くなった人の慰霊、そして平和への願いを込めて、花火を上げている。
長岡市とホノルル市は、戦争という悲惨な経験を乗り越えて、2012年に姉妹都市を提携。
2015年は、平和交流事業の一環として、長岡市が、ホノルル市の子どもたちを花火大会に招待した。
ホノルル市の中学生は、「花火がとてもきれいで、平和のことを考えた。平和の思いが伝わってきた」と話した。
真珠湾での長岡花火は、2015年が初めて。
16日は、およそ2,000発の花火が打ち上げられ、平和と友好の願いを新たにしていた。
16日は、一般の人向けに、2,000発の花火が打ち上げられ、中には、日米友好をテーマにした花火もあった。
今回の花火を通して、日本とアメリカの人たちが、お互いに平和を願う気持ちを1つにしていた様子。(新潟総合テレビ)


「戦没者の慰霊と平和への祈り込め」花火を打ち上げる。

この感覚に、とても違和感を感じています。

第二次世界大戦が開戦したきっかけの地である「真珠湾」で花火を打ち上げると言うことは、開戦を祝うことであり、支配者層の目論見を「戦争」という形で達成した終戦の日(現地時間US15日 UTC-4)に花火を打ち上げることは、支配者層にとっての「記念行事」にしか見えないからです。

それを気付かずに被害者である戦死者とその関係人の子孫である、我々大衆が祝わされているという皮肉な構図です。

花火と言うのは、「祭事」であり「祝い」、様々な意味をそこに見出せるとは思いますが、決して「慰霊」にはならないと私は強く思います。

我々のご先祖様がしたくもない戦争に巻き込まれ、命を落とした。それを戦後「花火」と言う形に「慰霊と平和」を変えてしまう、その感覚が私にはわかりません。

「戦没者の慰霊と平和への祈り」とは、各々が改めて戦争の意味を考えることです。

なぜ戦争が行われたのか?
なぜ原爆が落とされたのか?
なぜ戦争を起し、負けたはずの日本の元首・天皇が未だに支配者層たるのか?

それらを模索し、その事実を各々が解き明かそうとすることで、「戦後70年経ってもなんら、それらの事実が公には明かされていない」、その現実と向き合うことです。

彼らが戦争に巻き込まれ死ぬにいたった全貌が開かされていない中、これら私が思う「慰霊の方法」を排除できるでしょうか?

この慰霊には、各々が静寂な時間を過ごさざるおえませんし、静寂が不可欠なのです。そして同時にその静けさの中で、家族を失った悲しみ、今わが子が亡くなったかのような気持ちで、70年前になくなった犠牲者を愛おしみ、思ひ、改めて、戦死者、そして戦争の当事者達の気持ちを汲むこと、それらが「戦死者を慰霊する」と言うことだと、私は思います。

そして、私はそれだけでも死者への後世としての責任は果たせず、同じ一人の人間として支配者層に責任を取らせ、支配構造を、そして世界を変えることこまで突き進まねば、決して戦死者、そして関係人への苦しみ、悲しみの代償はとることはできないと思います。

これらに、花火は必要でしょうか?

もっとその「かね」を必要としている、この国の宝(人材)がいるはずです。

平和を「願う」のではなく、力強く、それを掴み取る歩を進めなければいけません。

この「戦没者の慰霊と平和への祈り込めた花火」という祭事が行なわれると言う事自体が、戦争を起した支配者層と今の世界を牛耳る支配者層が同じであり、平和へと突き進んでいないことの証拠です。

そして今私は「戦争を起した」と過去形でいいましたが、現代では、昔の戦争の形とは違い、首謀者がばれない形で、その利害までもが気付かれない操作で、そして最小限の関係人の関与で、情報操作による常識の書き換え、NWOの法整備などを含め、今もなお変わらず、現実に戦争・紛争は起きています。

マスコミをにぎわす「でっち上げ事件」や、報道するまでもないくだらない事件を垂れ流すことは「ロスチャイルド・天皇」が今世界で起している紛争・テロ・災害などに言及し、精査されないための目くらましにも使われているのです。

支配者都合の終戦から70年の8月15日全国99箇所で花火大会が行われています。(下画像)
大衆がこのような心持では、支配者層の思惑通りに世界は進んでしまうでしょう。

そして、この報道で戦争責任を、「真珠湾攻撃を指揮したのは、長岡市出身で、連合艦隊司令長官の山本 五十六だった。」と報じ、天皇の「て」の字も出さないなど、天皇の責任回避の常識敷設に抜かりなく、これがまさに、今もなお「天皇」が支配者である証拠を露呈させているのです。

戦争をし、NWOを進める天皇が「戦争はあってはならない」と広報する目的 ~アメリカは「ロスチャイルド・天皇」による未来のNWOシステム完成への実験場

今日、戦後70年の終戦の日 ~今我々にできること。WS004696WS004697WS004704WS004703WS004702WS004701WS004700WS004699WS004698

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戦没者の慰霊と平和への祈り込めた花火 ~支配者都合の終戦から70年の8月15日全国99箇所で花火大会が行われています。」への2件のフィードバック

  1. 甘えび

    同感です。慰霊と花火に、とても違和感を感じます。そして、ニュースのバックの音楽と花火の映像に、とても違和感を感じます。
    この日は、戦争の犠牲になって殺された人びと、深い傷を負った人びとを想い、偲び、静かに過ごす日だと思います。

  2. ココ

    そうですね。まだ70年前の大戦の全貌が明かされないまま、庶民には何も知らされないまま、花火大会で戦死なさった方々への鎮魂というのは、非常に不自然かつ不敬だと私も感じます。静かに追悼すべきものです。お祭りではないのですから。庶民にとっては何の利益もない、支配層の権力争いに巻き込まれてお亡くなりになった数多くの御霊に黙祷をささげます。今後、世界大戦の全貌とその理由とが明らかにされ、それが「平和な世界」になるために生かされますようお祈りいたします。

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