公園で子どもに声をかける大人は「不審者」か?


img4be0195ec61c6〈子供の安全〉公園で子どもに声をかける大人は「不審者」か?~防犯の視点から~ 小宮信夫・立正大学教授

THE PAGE 4月2日(木)16時14分配信

 子供の安全を守るため、警察は、子供に犯罪目的で声をかける「不審者」の情報を集め、公開している。その一方で、ネットでは、公園で遊んでいた児童に「さようなら」と声をかけただけで「不審者」扱いされるケースもあったとして、防犯意識が行き過ぎているのではと危惧する声もある。子供を犯罪から守るためには、「不審者」についてどう考えたらいいのか。犯罪学が専門の小宮信夫・立正大学教授に寄稿してもらった。

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 「不審者に気をつけろ」「不審者を見かけたら110番」「不審者情報を共有しよう」──そんな防犯メッセージが飛び交う日本。しかし、この「不審者」という言葉、多用しているのは、世界中で日本以外にはあまり見かけない。海外で「不審者」を見聞きすることは、まずない。それはなぜなのか──。

犯罪原因論と犯罪機会論

 犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。

 犯罪原因論は、読んで字のごとく、犯罪の原因を明らかにしようとするアプローチだ。犯罪は人(=犯罪者)が起こすものなので、犯罪原因論は犯罪者を重視することになる。「なぜあの人が?」というアプローチだ。

 これに対し犯罪機会論は、犯罪原因を抱えた人がいても、その人の目の前に、犯罪の機会(チャンス)がなければ犯罪は実行されないと考える。機会を生むのは場所や状況なので、犯罪機会論は犯行現場を重視することになる。「なぜここで?」というアプローチだ。

 アメリカやイギリスなどの欧米諸国では、犯罪原因論(「なぜあの人が?」)が犯罪者の改善更生の分野を担当し、犯罪機会論(「なぜここで?」)が予防の分野を担当している。

「不審者」とはどんな人?

 しかし日本では、犯罪機会論はそれほど普及していない。そのため、本来なら犯罪の「事後」に登場する犯罪原因論(「なぜあの人が?」)が、無理やり「事前」に持ち込まれてしまった。ところが事前(防犯)の世界では、まだ犯罪が起きていない以上、犯罪者は存在しない。そのため、「犯罪者」という言葉も使えない。だがどうしても、犯罪原因論では、「人」を指し示す言葉が必要になる。そこで、苦し紛れに登場させたのが「不審者」という言葉だった。

 「不審者」は、文部科学省が2002年に作成した危機管理マニュアルに、タイトルとして採用したことから一般的に使われるようになった。ただし、このマニュアルは、前年に起きた大阪教育大学附属池田小事件を受けて作成されたものなので、そこで言う不審者とは、「侵入者」を意味していた。しかしその後、この言葉は独り歩きを始め、教育現場では、「犯罪者」を意味するようになった。

 警察も長い間、「検挙に勝る防犯なし」という金科玉条の下、犯罪者を捕まえることに活動を集中させ、犯罪原因論の一翼を担ってきた。そのため、防犯に関心を持つようになった日本人が、「不審者」という言葉を使い始めても、警察はそれを疑問に思うどころか、むしろ応援する側に立った。その結果、「不審者」が防犯の世界を席巻するようになった。

「犯罪者」と「不審者」を区別できるか

 このように「不審者」は、もともとボタンの掛け違いから生まれた言葉なので、定義するのは困難だが、あえて「犯罪者」と「不審者」を正しく区別しようとするなら、「不審者」とは「犯罪を企てている人間」を意味すると考えられる。犯罪を企てている人間と、そうでない人間を識別することができれば、「不審者」が「犯罪者」になる前に発見できる(=犯罪予測)できるからだ。

 しかし、そう定義しても、実際にはこの言葉は役に立たない。なぜなら、だれが犯罪を企てているかは、見ただけでは分からないからだ。むしろ、犯罪を企てている人間は、いかにも怪しい服装をすることはなく、できるだけ目立たないように振る舞うに違いない。要するに、「不審者」から犯罪を予測することは、実際には不可能なのだ。

 ところが、子どもたちは、見ただけで「不審者」が分かると思い込んでいる。その根拠を聞くと、「サングラスをかけているから」とか「マスクをしているから」と答える。しかし、こうしたイメージは誤っている。これまでに寄せられた不審者情報(この情報自体、信頼度は低いが)を見ても、サングラスやマスクが報告されているのは一割にも満たない。

 また、外見上の識別が困難な「不審者」を無理やり発見しようとすると、平均的な日本人と外見上の特徴が異なる人の中に「不審者」を求めがちになる。具体的には、外国人、ホームレス、知的障害者を「不審者」と見なしてしまう。これまでにも、中国人を見たら通報するように呼びかけるチラシを警察が配ったり、ホームレスが公園にいるので近づかないように呼びかけるメールを小学校が配信したことがあった。

 さらに、地域の中で「不審者」を探そうとすると、相互不信を招くおそれもある。例えば、子どもたちは、繰り返し「不審者」に注意するように言われていると、周囲の大人を「不審者」ではないかと疑うようになる。他人を疑えば疑うほど、「不審者」のイメージは、サングラスやマスクをしている人から、普通の外見の大人に広がっていく。その結果、「不審者」は「知らない人」を意味するようになる。こうして、大人が信じられない子どもが増えれば、子どもが信じられない大人も増えていくだろう。

住民パトロールも同様だ。パトロールで不審者探しを続けると、地域には敵意が異常発生してしまう。なぜなら、パトロールを継続するためには理由が必要であり、「不審者」が存在することが、その最大の理由になるからである。そのため、パトロールでは、地域にとって異質な人や見知らぬ人を「不審者」と見なして、パトロールの成果を誇示しがちになる。

 そうした人たちを「不審者」と見なして、地域という集団から排除すれば、それだけ集団のコントロールが及ばない範囲を広げることになる。それは、互いに助け合う関係が弱まることにほかならない。敵を作ることばかりに走り、味方を増やすことを考えなければ、みんなで守り合う関係が成り立たなくなるということだ。とすれば、パトロールも、人ではなく場所に注目した方がいいことになる。それが、欧米で盛んなホットスポット・パトロールだ。日本でも、この方式への切り替えが望まれる。

 このように、皮肉なことではあるが、「不審者」という言葉が使われれば使われるほど、犯罪が増加するおそれがある。「不審者」というレッテルの張り合いをエスカレートさせる前に、人から場所への発想の転換を試みてほしいものだ。

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小宮信夫(こみや のぶお)
立正大学教授(社会学博士)。ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科修了。警察庁「持続可能な安全・安心まちづくりの推進方策に係る調査研究会」座長。著書に、『犯罪は予測できる』(新潮新書)など。公式ホームページ「小宮信夫の犯罪学の部屋(http://www.nobuokomiya.com)」


公園で子どもに声をかける大人は「不審者」か?

という議論がされることこそ、たかだかここ数十年で今の世の中が生き難くなった証拠です。

そして、この記事を読み、改めて「不審者」と言う言葉の概念を考えてみると、その概念は権力者にとっての都合の良いイデオロギーであることがわかります。

「不審者」と言う言葉の背景には「我々一般人にとって。」ではなく、「権力者にとって。」という意味が含まれていて、NWOへの法整備に利用するのに都合のいい、人民支配へのレッテル張りなのです。 取り締まるのは国家権力・警察なのですから。

記事の中に

敵を作ることばかりに走り、味方を増やすことを考えなければ、みんなで守り合う関係が成り立たなくなるということだ。

とありますが、その通りだとおもいます。そして「誰が敵で、誰が味方か」その判断は我々国民がすることではなく権力者がするということなのだ。と暗黙で言っているのが今の社会です

今の世の中を見れば、簡単にその証拠を掴むことができます。

利権者にとって不利益なことは、99%の国民の幸福の為になることでも、バッシングされ、犯罪者のレッテルが貼られるのです。

だから、そんなくだらないレッテリ張りを恐れずに我々が、自由に生きるためのルールを作らなければいけないのです。

「不審者」という曖昧な概念の人物を取り締まろうとしている地域社会こそが、「不審者」を生み出していることに気付かなければいけません。

少し変わっている人・とつきにくい人がいたら、そのような人こそ、コミュニティーの輪に誘い込み、より積極的に気にかけて、関係性を持って接していかなくてはいけません。

我々がしなければいけないことは「不審者」を探し、レッテル貼りではなく、積極的に関係を持っていくことです。

それが自分の為・地域の為になります。

そしてそのような人が今居います。 この放送は神回でした。 ↓WS002302

WS002303 WS002304http://www.nhk.or.jp/professional/2014/0707/

ストーカーについて さゆふらっとまうんど

ストーカー2万2800件=最多を更新 ~「ストーカー」はNWO人民支配の為に作られた概念に他なりません

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公園で子どもに声をかける大人は「不審者」か?」への3件のフィードバック

  1. まげまげ

    結局のところ、こういった事象は全体の中で、クレーマー等の一部が騒ぎ立てることに始まり
    マスメディア・警察・政治などのB層にとっての教祖が一般被害を煽り立てることによって教育・洗脳が進んでいくのでしょうね。

    それこそ、いつ空から落ちてくるかわからない隕石の為の準備に近いものがあって
    始末が悪いことに、起こってからでは遅いんですよって現実的な不安を盾に取って滞り無くことを完遂してしまう為
    一般B層はそれが教育洗脳だということに気づかないどころか、より安全が守られてゆくことに安心し、さらなる信頼を深めてゆくことになる

    これに対抗してゆく効果的行為は、揚げ足を取っていくしか無いのかもしれませんね。
    それは柔道や合気道のように、相手の力を利用してお返しする

    他人のすべての行為が不審者としての様相を持つというのならば、
    全ての人が、無関係である者の全ての行為に対しその都度、警察に通報入れてみたら面白そうですね。

    何か言われても
    えっ?、これって不審じゃないんですか??、ただの挨拶でも不審なのに???

    とまぁ、現実には出来ませんけど
    警察の電話回線パンクがするまで通報数が膨れ上がったらどう対応するのか見てみたいものです。

  2. nishiizu

    毎年たくさんの子供たちが行方不明になっています。
    てがかりなしです。
    容疑者は不審者ということにしてしまってよいのでしょうか?
    逆に不審といわれる方たちが声かけすることで、防げたことも
    あったのではないでしょうか?
    悪魔崇拝者による人身売買の陰謀論が本当だったとしたら、
    彼らにとって不審者とは実に都合がよいでしょう。
    神戸や栃木の幼女誘拐殺人事件など、実にできすぎています。
    そもそも結婚して子供をたくさん産める世の中になれば、小児性愛者
    など激減すると思います。

  3. じみへん

    某掲示板のネタ話ではないですが・・・
    平日昼間の公園のベンチで本を読んでいただけで通報された事例もあるようです。
    近くには子供が遊んでいたそうですが、通報された人はたまたま平日休みで天気もいいから外で読書でも・・・という感じで公園で読書をしていただけのようですが、警察に取り囲まれて持ち物検査までされたと書かれていました。

    そのうち「男が外を歩いています」って通報するバカが出てくるのではないでしょうか。

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